冷酷上司の甘いささやき
「……どうした?」

そう言いながらも、課長は私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。


急にこんなことされて、きっと意味がわからないと思う。それでも、拒絶しないでくれる。


彼女が彼氏に抱きつくのは、きっとおかしいことじゃない。だけど、私と課長の“距離”だと、これは普通のことじゃない。だから、不安になる。



……抱きついているのが不安になる要因なのに、不安になっているから、怖くて顔を上げられなくて、抱きついたままになってしまう。



「……そういえば、よく私の部屋わかりましたね」

しばらく抱きついたままだったけど、そろそろなにか言った方がいいと思い、私はそんなことを聞いた。



「表札あるじゃん。部屋数そんな多くないし」

「そ、そうですね」

「……」

「……」

「それだけ?」

「う」

苦しまぎれの話題はすぐに途切れてしまった。課長が表札を見てこの部屋に来てくれたんだろうなということは私もわかってたのに。



……もっと、言うべきことはたくさんあるはずなのに。




…….私はゆっくりと顔を上げた。
そして。


「……課長、二次会は?」

課長は少しだけ目を丸くして、私の質問に答えてくれる。


「顔は出してきたよ。すぐ帰ってきたけど」

「阿部さんは?」

「俺が帰るって言ったら自分も帰るって言ってきたけど……主役は残れって言ってきた」

「そう、ですか」

「なんで俺といっしょに帰りたかったのかわからないけど」
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