ナイショの恋人は副社長!?


会社を出ると、優子は大抵どこにもよらずに帰宅する。
理由は色々とあり、帰宅するのに約二時間掛かることと、どこかに立ち寄るほどの金銭的余裕がないことなど。

大学時代から、ひとり暮らしをしている優子は、決して贅沢な生活は出来なかった。
訳があって、仕送りも微々たるもの。ドイツ留学も、中高生の頃からしていた貯金と、バイトを始めて貯めた給料で、格安のコースを探して行った。

そんな優子は、都心になど住めるような財産はないため、通勤時間を長く掛けているのだ。

(金曜だし、疲れもピークで眠いけど……)
 
入り口に近いスタンションポールに手を添え、電車に揺られながら、軽く目を閉じる。
それから、数秒後にゆっくりと瞼を押し上げた。

混雑してる車内は、座ることはおろか、立っているスペースですらままならない。
その中で気を張って立つ優子に、後方から手が伸びてくる。

ポンと肩に触れられた瞬間、優子は手に力を込めて振り返った。

「お疲れ様です、鬼崎さん」
「ふっ、副……!」
 
想像とは違う相手に、優子は目を剥く。
そして、周りにたくさんの人がいるのも忘れ、大きな声を上げかけると、敦志がシーッと人差し指を立て、口元に添えた。

優子は、目を大きくしたまま、左手で口元を押さえて言葉を飲み込む。

「すみません。『副社長』と言われてしまうと、嫌でも目立ちそうだったもので」
「あっ……こ、こちらこそ、申し訳ありません。気づかずに……」
 
敦志が、困ったように少し眉を下げて笑う。優子は、吃驚して跳ね上がった心臓で、どうにか返答をした。
優子の左後ろに立つ敦志は、可笑しそうに口元を緩める。
< 19 / 140 >

この作品をシェア

pagetop