ナイショの恋人は副社長!?
「Saotome. Kann ich Ihnen behilflich sein?(早乙女です。なにかありましたか?)」
 
敦志の応答がドイツ語ということは、相手は誰だか見当がつく。

(いや、でも、どちらからの電話かはハッキリとわからない……)
 
立ち上がった敦志の横顔を盗み見て、思い浮かんだのはドリスの方。
ドリスの容姿端麗さや、地位や立場を考えると、再び敦志との距離を感じる。

(彼女なら……副社長の横に並んでも絵になるし、彼の言う『守ってあげたい女性』に当てはまるように可憐だ)
 
昨日会ったドリスは、細身で鮮やかな色の服も似合っていて、笑顔も素敵だったというのが優子の印象だ。

しかも、ヴォルフを立てていたのだろう。
控えめに居る佇まいは、自己主張が強いという印象の外国人とは違ったもので驚かされていた。

「Geht klar(わかりました)」
 
記憶に新しいドリスのことを考えていると、電話が終わったようで敦志は携帯を内ポケットにしまった。
微妙な空気を感じて見上げると、敦志は気まずそうな声を発する。

「……すみません。行かなくてはならなくなりました」

瞼を少し伏せて唇を引き結ぶ敦志から、目を背けるように、優子は小さく礼をした。

「……はい。色々、ありがとうございました」
 
危うく溺れてしまうところだった、と、自分の手を重ねてきゅっと握る。
 
深入りする程、後悔するのは自分だし、彼は迷惑でしかない。
 
そんなふうに今一度言い聞かせるけれど、先刻、触れられそうなところまで手を伸ばされたことが頭から離れない。
 

〝その手で触れて欲しかった。触れられたなら、どうなっていただろう〟
 

そう想像するだけで気持ちが溢れ出る。
 
上司を送り出すのに、いつまでも俯いていられないと、優子は勇気を振り絞って顔を上げる。
懸命に平静を装っていたつもりの、精一杯の笑顔だ。
 
しかし、今いる場所は、職場ではなく優子の部屋。さらに、コンディションが悪い中での出来事。
頭を上げた優子は、無意識に縋るような淋しい目を敦志に見せてしまっていた。

当然、そのような表情を見せられた敦志は驚き、後ろ髪を引かれる思いになる。
 
再び膝を折る敦志は、困ったように口の端を僅かに引き上げた。

「男にそういう顔を見せたら、勘違いするよ?」

そして、苦笑い浮かべながら、ポンと軽く手を優子の頭に置いた。
頬ではなかったが、頭を敦志の手に触られた優子は胸が高鳴る。

スッと立ち上がった敦志は、いつもと同じ、優しい満面の笑顔を向けた。

「優子さん。夜分に失礼しました。どうぞ、ゆっくり休んで」
 
二度目に呼ばれた名前にドキリとし、うまく返事が出来ない。
動揺している間に、敦志は部屋を後にする。
 
優子は、触れられた頭と、名前を口にされた余韻にひと晩中浸っていた。


< 68 / 140 >

この作品をシェア

pagetop