ナイショの恋人は副社長!?
 
いつもよりも低く、静かな声で問い掛ける。
しかし、応答がなく、少しの間、廊下はしんと静まり返った。
 
それから数秒後。十五階のフロアは絨毯のため、足音は聞こえないが、敦志は人が近づいてくる気配を感じて奥を凝視する。
 
細い通路から現したその姿に、敦志は吃驚して目を見開いた。

「ゆ、優子さん……?」
 
申し訳なさそうに身を竦め、両手を前で組んで俯くのは、確かに優子だ。

「どうして、そんなところに……」
 
呆然として疑問を口にする敦志に、優子は俯いたまま答える。

「申し訳ありません。声がして、咄嗟に身を隠してしまって……」
 
優子は仕事を終えた足で、昨夜のことを相談した方がいいのかもしれない、と敦志の元へやってきていた。
ヴォルフがあそこまで強引だと、優子はどう対処していいのか判断に困っていたからだ。

優子は、取引もあるだろうから、下手なことをして迷惑はかけられないと考えた。
 
以前、敦志が上着を貸してくれたものを返した際に、社員ならば自由に訊ねて問題はないということを覚えていた優子は、勇気を出してここまで来ていたのだ。
 
しかし、副社長室へ向かう前に、前方から誰かがやってくるのを感じて、思わず隠れてしまった。
そして、つい先程の純一と敦志の会話を盗み聞ぎのような形で聞いてしまった優子は、罪悪感に苛まれる。

(社長と副社長って、本当に親しい間柄なのかもしれない。でも。それよりも)
 
目を丸くさせた敦志をチラリと窺い、優子は自身の重ねた手をぎゅ、とさらに握る。
優子の脳内では、純一の声が延々とリピートされ続けていた。

(さっきの社長の話だと……副社長には特別な女性がいるんだ。一緒に生活をしている、料理の上手な人が――)
 
純一が敦志に掛けた言葉を一部始終聞いてしまっていた優子は、敦志には恋人がいるのだと大きなショックを受ける。
 
それは、社長である純一に、親し気に名前を呼ばれる敦志が何者かという疑問さえも飛び越えてしまう程、大きな衝撃だった。
 
表情を取り繕う余裕もない優子を見た敦志は、その顔色を見てハッと何かに気づく。

「もしかして、昨日何か――……」
 
そこまで敦志が言い掛けたところで、エレベーターの扉が開く音が聞こえた。
ふたりが話を中断して目を向けると、ベージュ色をしたエナメルのパンプスを履いた足が伸びてくる。

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