ナイショの恋人は副社長!?

優子は着替えて外に出る。その間、ずっと携帯を手に握ったままだ。

涼しい風に頬を撫ぜられながら携帯に視線を落とすのは、もう何度目かになる。
そこには、【早乙女さん】という文字が表示されていた。

いつも『副社長』としか呼ぶことのない敦志の名前。
たかだか苗字ではあるが、それすらも優子にとっては勇気を出した行動だ。

ふらふらとした足取りで路上を歩きながら、先刻、敦志が言った言葉を思い返す。

(『いつでも連絡して』って言ってくれた。それに、ヴォルフさんの事は、彼がもうすぐドイツに帰ってしまうから、悠長にしていられない)

ヴォルフのことを敦志に相談することは間違っているだろうか。
そうだとしても、ひとことだけ……いや、やっぱり……と何度も同じ思考を繰り返す。

携帯だけを見つめて歩いていた優子は、考え込んでいたこともあって周りを気にする余裕もなかった。
すれ違う通行人と肩がぶつかってしまい、手から携帯を滑らせる。

「あっ」
 
落とした拍子に自分の爪先にぶつかった携帯は、くるくると回転しながら前方へと滑っていった。
慌てて手を伸ばして追いかけると、自分よりも先に携帯を拾い上げる手が見える。

その手を辿って顔を上げると、ブルーの瞳と視線がぶつかった。

「――ヴォルフさん」
 
思わず目を剥いて、その先の言葉を失う。
 
少し前に優子の存在に気づいていたヴォルフは、優子の思い悩む顔と切なげな瞳を見ていた。
昨日のことが原因かもしれないと、ヴォルフは声を掛けるのを一瞬躊躇っていたところに、優子の携帯が足元に来たわけだが……。

「……サオトメ?」
 
ディスプレイがそのままなことと、漢字表記にもかかわらず、ヴォルフが言い当てたことに優子は狼狽える。

ヴォルフは、敦志と初めて対面した際に、名刺をもらっていてその字面を覚えていたのだ。
そして、優子の心は自分よりも敦志に向けられていることを確信する。
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