紳士な婚約者の育てかた


「えへへ。志真先生って言われるの何だかこそばゆい。でもでも、
悪い気はしないっていうか。先生は先生だし」
「……」
「30過ぎて新米先生になるとは思わなかった。生徒さんたちも皆すごくいい人で」
「……」
「自分ももちろん勉強しなきゃいけないけど、皆と一緒に成長していこうって思ってるんです」
「……」
「頑張るぞ。ねー!知冬さーん」
「……」
「さっきから何一つ返事してくれないのは何で?聞こえてるでしょ?こんなそばにいるんだから」

職場となる日本語学校1日目の夕方。疲れたけど、でも充実した1日目だった。
嬉しくて部屋に居た知冬に延々と語っていたのだが彼は何も言ってくれない。
ノーリアクションで黙ったままソファに座って雑誌を眺めているだけ。

「え?ああ。お帰りなさい。風呂?どうぞ」
「まさかの全部スルー!?あの、学校の話を。先生頑張るって話を」
「その話題をもちだしたらお互いに平行線のまま喧嘩になりそうなので黙っています」
「まだ許してくれてないんですね。私が働くの」

確かに話し合いなんかしようたって彼は全ッ然妥協してくれないし。
私だって1年以上頑張ってきてやっと手に入れた職を逃すなんて嫌だ。

「個人の自由でいいと思っていますよ。ただ、何も今すぐにすることはないと言っているだけで」
「こういうのは早く動かないと。私も若くないですから、せっかくのチャンスはものにしなきゃ」
「……」

不満そうに黙る知冬さん。でもここで私が折れたら意味が無いんだ。

「何の雑誌を観てるんですか?女の人が表紙なんて、…えっちな奴?」
「結婚式の特集があるからとマリアに渡されました」
「ああ!あれか!マリアさんに頼んでたんです、結婚情報誌みたいなの欲しいって!」
「それで?宮殿でも借りきって日本の総理大臣でも呼ぶつもりですか?」
「そんな言い方しなくても。ただ、…エステとか見たかっただけで…」
「…ごめん。今のは言い方が悪かった。許してください」
「……ブライダルエステしてもいい?」
「どうぞ」
「ありがとう知冬さん。……あのね、あの」
「何ですか」

モジモジと知冬の隣で何か言いたそうな志真。
ちらちらと彼の顔を見つつ、視線をそらし、また見て。

「私、今まで努力とか苦労とか全然してこなくて。ぐうたら生きてきた駄目人間で。
ほら。嘘ついて財産貰おうとするようなね?そんな私が知冬さんの奥さんになるんだから
もっとしっかりしたいって思ってるんです。学校は、ちょっと自分の願望が混じってるけど。
でも、ちゃんと自分を持ちたいんです」
「……」
「知冬さんの側でずっと応援するから。貴方も私を見守ってて欲しい」
「……、…君には勝てないな」
「惚れた弱み?」
「そうですね。俺は君に惚れています。何処までも、貴方が可愛い。愛しい」
「……く、倍返し…されたっ」

これが彼の素なのか、あるいはわざとなのか。
もしかしたらフランス人の血が騒いでるのかは分からないけど。まっすぐにそんなこと
言われたらこっちはもう顔を真赤にしているしかできないじゃないですか。





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