紳士な婚約者の育てかた


育てると言われても相手はもう36年も生きていらっしゃるわけで。
気も弱く年下の自分に何ができようか。

「すません、先生は今とてもお忙しいので。後にして頂けますか」
「は、はい。すみません」

それとなく探ったら彼は美術準備室に居るそうなので、
もう放課後だしちょっとくらいは会いに行ってもいいかと向かったのだが
怖いくらい真面目な顔で美術部員らしき女の子に入り口で止められた。

何で生徒に職員が叱られているのかと落ち込みながら踵を返したら

運悪く見られたくない人に見られてた。

「はっはっはなんて顔」
「西田先生」

テニス部顧問なんだからだいたい放課後は外にいるはずなのに

笑うよね、絶対笑うよね、明日も思い出して笑うよね。

ああ、最悪。ついてない。

「眞鍋。山田さんは通してやれ。邪魔じゃない、仕事だ仕事」
「…はい」

あんなに怖い顔をしていた生徒があっさり退いてくれた。
先生は絶対なんだなあ。
こんな理由で通されるのもなんだか複雑な気分。

「すいません、…失礼します」

お礼を言うべきなのにちょっとふてくされて言ってしまった。
可愛げがない奴と思われたかもしれないが構うものか。

美術室に隣接している準備室へ入ると独特の匂いがして
石膏やスケッチに使うと思われる花瓶などが整理され
その中央には椅子に座る知冬が
イーゼルにセットされたキャンバスに向かっていた。

入っても振り返らないほど集中しているようだから落ち着くまで待とう。

「……本当に仲がいいですね」
「え?」

ぼけーっと知冬の後ろ姿を眺めていたら突然話しかけられてびっくり。

「…あの先生、よく君と一緒にいる」
「そうですか」
「そうですね」
「……」
「何故だまりますか?」
「だって」

凄い怒ってるオーラが見えるんだもん。

「だって?」
「……それより、知冬さん何を描いてるんですか」
「学生が何か絵を描いてくれと言うので適当にその辺のものを」
「石膏とか私も学生の頃にスケッチしたんですけど、どうもヘタで」
「……志真の絵は志真らしくて好きですよ」
「アート的な?」
「どうでしょうね。俺は志真が好きなので目が曇ってしまっている。アートかどうか」
「…もういい」

この人と芸術の話はもうしない。ぜったいしない。


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