紳士な婚約者の育てかた

恋が初心者なら自分から恋人に甘えるなんて、
もはや1人で密林を開拓するくらいのチャンレンジ。

それでよくホイホイと婚約なんてしようと思ったよ私。

約30年生きてきた中で一番決断した事だと思う。
そのわりに返事までに悩んだの数分だけだけど。

未だ知冬は絵を描いている。
邪魔しちゃいけないと思いながらもじーっと彼を見つめ。

「……フランス行ったらエッフェル塔見る」

と、小さい声で自分の主張をしてみた。

「エッフェル塔は賛否が分かれる建物だと知っていますか?」
「え?どういう意味ですか?」

ちゃんと聞こえていたようで視線は向けないで言葉だけ返ってきた。

「あれを有用であり素晴らしい技術の粋だと言うものと、パリの美観を損なう
ただの醜い鉄の塊と嫌うもの」
「そ、そんな論争が。知冬さんはどっち?」
「パリ市民じゃないのでべつにどうでも。ただ、そんな曖昧なものを見るよりも
もっと美しいものを君に見せたい」
「例えば?」
「家の庭とか。近所の川とか。星がキレイな山とか」
「……」

お義父さんとの食事中、あっさりと流されていたけれど
やっぱりこの人近所で済ますつもりだ。
まさかパリまで行くの面倒だから近場ですまそうって思ってないよね。

どうしよう、聞くのが怖い。冗談でも言うのが怖い。

「君が居られるのは1周間くらいでしょうから、何処も時間が足りない。
手短に感動を得られる場所を案内しますよ」
「……そ、そっか」

美術館だって街並みだってしっかり見学しようとしたら1ヶ月でも足りないと
フランスへ旅行へ行った友人が言っていたっけ。

「それにパリ周辺は渋滞が世界規模で酷い。バカンスにかち合ったら地獄」
「……」
「いきなり移住は考えないほうが良い、少しずつ慣れていってくれたら」
「…そ、そんな場所なんですね。フランスって」
「どこでもそうでしょう。見知らぬ場所は覚悟がいる」

志真の場合、言葉が通じないのと知り合いが居ないのと水が合わないのと。

頑張らないといけない覚悟が山のように積み上がっている。

「あ、あの。ちょっと休憩ってことで婚約を白紙に戻すっていうのは」
「それはないです」
「ですよね」

無理ですよね、今更。

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