紳士な婚約者の育てかた
そのろく

他愛もない会話をしながら知冬の運転で彼の母親が宿泊中のホテルに到着。
あの父親が奥さんの為に手配した部屋なのだから、安い所へは泊まらない
だろうとは思っていたけれど。

「もうちょっと服装考えてきたら良かったな」

仕事の後すぐに知冬と合流する予定だったのであまり気張った格好は出来ない。
けれど、飾りげがないのも良くないだろうと何時もより若干派手にして出勤していた。

誰に1人そこに気づかないくらいの変化だったのがちょっと寂しいけれど。

「志真」

門構えにおどおどして、広々としたエントランスで左右を確認し、恐縮。
知冬は慣れているのか不思議そうにこちらを見ているけれど。

貴方のそのラフすぎる格好もどうかと思いますよ?

スタイルでセレブっぽい雰囲気を醸しだしているのがズルい。
実際彼はセレブと言っていいのだろうけど。

「…どうせ私はしがない公務員」
「志真」
「わあ。綺麗な生花。シャンデリアが眩しい…床もつるつるだ。お掃除大変そう」
「志真」
「はいはい。すいません」

こっちこっちと手を振りながら大声で名前を呼ぶのはやめてください。

急いで知冬の隣に戻り一緒に歩き出す。
最上階へ向かうエレベーターを待っている間に母親へ電話をして
お店の前で待ち合わせをすることになった。

ああ、とうとう来た。緊張する。大丈夫かな私。

あいたエレベーターの中は誰も居ない、並んでいる人も居ない。
二人で入って扉を閉めて、志真はずっと俯いて考えこむ。
まずはご挨拶だ。ここはやっぱりボンジュールとか言うべき?
あとはとにかく笑顔でいよう。

「志真」
「…知冬さん名前呼びすぎ」

あと幾ら二人きりだからって距離が近すぎ。

2歩くらい離れたいけれど手を握られて頭にキスをされ動けない。

「呼ばないと遠くへ行ってしまいそうだ」
「ここに居ますよ」
「もちろん。離しません」
「……ふふ。ダメですよ。もう扉開いちゃう」

志真が他所事を考えているのが不満だったのかやけに触れてくる。
頭だけでなく耳にもキスをされてこそばゆくて身をよじりながら
そっと彼の胸に手を添えて、気持ち押すくらい。

そのままギュッと彼の胸に抱きついてしまいたい、けど。

「……」

チンという音と共にエレベーターのドアが開いて、目の前に

彼のお母さんが仁王立ちしていたのでやめました。

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