紳士な婚約者の育てかた

本業である画家のお仕事をする姿を側で見られるなんて。
サイズも小さくすぐに終わるものだと言っていたけれど、
やっぱりキャンバスに向かう後ろ姿は何時だって素敵。


「私も絵を描いてみようかな…このおえかきセットで」

2人で外へ出たらまず画材を買い足したいと言われて二つ返事でやってきた。
志真にはさっぱり分からない画材が並んでいるお店。何時もなら素通りする。
知冬は画材を選びに行ってしまったし、
志真も無駄に高いペンとか買おうかと思案中。

「もしかしてテオドール先生では?」
「……」
「やっぱり。先生。先生だっ」

遠くで何やら騒がしい声。まるで学校の中みたいに若い女の子たち、
ではなくてオジサンや青年、そこからミーハーそうな女の子たちへ伝播。
ザワザワとテオ先生コールが始まった。
そういえばトモエさんが言っていたっけ、日本でも彼のファンは多いと。

画材店となるとやはり画家さんの知識のある人も居るということで。

「日本にいらしてたとは。まさか、講演会でもなさるんですか?」
「Quoi?」
「……あ、すいません。…失礼しました」

遠くで様子を伺っていた志真だが、どうやら上手く追い払ったらしい。
今ここで自分が近づいたら意味がなくなるので他人のふりをする。


「いいモノ買えました?」
「程々に」

それから程なくして知冬が画材を手にレジへ向かったので
志真もソレに合わせて少しだけタイミングをずらしお店を出た。
外にさえ出てしまえば連れ添ってあるいていてもいいだろう。

「私も買っちゃいました」
「何を?」
「じゃじゃーん。初心者のための水彩セット!」
「はあ?そんなものに金を使うなら俺の使わなくなった画材をあげたのに」
「今凄く傷ついたのわかります?泣きそうになってるのわかります?」
「え?」

わかってない、この人分かってないよ。ナチュラルに傷つけてるよ。

「嫌いになるから」

私だって少しでも画家の奥さんになれるように、理解できるように
歩み寄ろうと思ったのに。下手くそなりに。
どうせ画家さんからしたら小学生レベルだろうけど。無駄なことだろうけど。

「嫌い……嫌いって言った?志真、嫌いって俺のこと?」
「貴方意外居ないでしょ」
「……、……志真がまた俺を嫌いって言った」

そう、あの時は確か「大嫌い!」と叫んだんだっけ。心の底から。

私も傷ついたけれど、彼もどうやらあの一言は心をえぐったらしい。

「でもまだ嫌いって言ってない。なるからって言っただけ」
「……」
「知冬さん?や、やだ。そんな落ち込んだ顔しないで。待って待って。
まだ違う!全然違う!嫌いになってないから!」
「……」
「好き。ね。好きだから」
「ですよね?ああ、よかった」
「……く、くそぅっ」

何か腑に落ちないけど、でも、機嫌が直ったならいいのかな。

たぶん。

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