紳士な婚約者の育てかた

確かに自分の持ち物になるのに金をとって描いてって変な話。
じゃあ、私がこれを描いてって言ったら沢山描いてくれるのかな。
知冬さんはやってくれそうだけど、本業が疎かになったら駄目だから
それはもう少し後にお願いしよう。

「そうだ。お仕事の絵もあるんでしたよね」
「ええ。午前中に少しでも作業をすすめるつもりです」
「お義母さんの相手をしながら絵を描くんですか?」
「仕事をしている間は決して近寄らず黙っているので」
「徹底してる」

彼のお義母さんのように知冬が芸術家であり続けるように
支援しないと駄目なのだろうけど、はたして自分にもそれが出来るのか。
志真だって知冬にはより多くの絵を描いて欲しいし、邪魔もしないつもり

でもそれで距離が出来たり溝ができるのも嫌だったりして。

だったら最初から距離をとったほうが良いのかもしれない

それこそ割りきってお手伝いさんになるくらいの気持ちで。

なんて気持ちがよぎる。

奥さんとしてそれが良いか悪いかは分からないけれど。
グダグダと考えて悩んでしまうよりは、いいのかも。

「志真?」
「やっぱり私にはまだ知冬さんの奥さんになる資格はないのかも…」
「母親ももう少し待ってもらえれば」
「そ、そういう事は考えちゃ駄目!私自身の問題なんです!」
「何か不満な事でも?」
「不満っていうよりも不安なんです」

なにせ初めてのことだし。

それなのに移住だの言葉の壁だの問題がありすぎて。

「やってみれば何とかなりますよ」
「そ、そんなもの?」
「やってみないと分からないでしょう。何がどう悪いのかも。改善するにしても
何処が悪いのか分からなければやりようがない」

確かに知冬の言うことも一理あるか。
何もしてないのにする前から落ち込んでも仕方ない。かも?

「確かにそれもありますよね。そっか。もういっそ…いっそ」
「布団、まだ敷いたままですから」
「え?ふ……布団?」

渡仏への気持ちが傾いた所で唐突に知冬が後ろを見て布団を指差す。

ぽかんとしている志真をよそに知冬は立ち上がり。

「いこう、志真」
「……。…え?」

軽く志真を抱き抱える。ポロッとおちる齧りかけのトースト。

「途中でも気になる事があったらすぐ言ってください」


……え?

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