リナリア
 ドクンドクンとうるさい自分の心臓。もう一つ聞こえてくる方は、名桜のものではない。
 背中に回った腕が緩まるのを感じ、名桜も腕を緩める。目を合わせると顔に熱が集中してしまいそうで、名桜は顔を上げられなかった。

「…心臓の音、結構ちゃんとわかるね。」
「…ですね。」
「…大丈夫かな、俺。」
「力加減でいえば大丈夫だと思いますけど…。」
「そうじゃなくて…なんていうか、全然演技にできない。」
「え?」

 名桜は顔を上げた。微かに耳が赤い知春が目の前にいた。

「…演技じゃない。素が出ちゃう。…こういう恋愛とかそういうものって、どうやって演技にするんだろう。だってさ、今は名桜が相手だから、俺の恋愛経験がほぼないことも知られてるし、こうやって緊張したり心臓が鳴ったりすることも伝わって困らないけど相手は慣れたプロなわけじゃん。」
「相手役は決まったんですか?」
「なかなか難しいみたい。まだだって聞いた。」
「そうなんですか。」
「だから今はまだ余裕があるけど…。はあ…向いてないなぁ、こういうの。王子様の作り方が俺には全然わからない。」
「ま、まだ始まったばっかりですよ。わ、私がいちいち反応してしまうから、知春さんもつられてしまっているのかもしれませんし…。」
「いやいや…、名桜はよくやってくれてるよ。ありがとう。それに、たくを王子様にもしてたじゃん。名桜は王子様作りが上手いのかも。」
「なんですか、王子様作りって。」
「言葉のまんまの意味。あ、そうだ。」
「何ですか?」
「…ありがとうついでに、やっぱりやってくれない?」
「何をです?」

 知春はまたしても腕を広げた。

「!?む、無理ですよ!何言ってるんですか!」
「顔は見えないし、名桜は飛び込んでくるだけで大丈夫。絶対受け止める!」
「できません!そんなダイブみたいな真似…。」
「どーしても?」
「…ダイブはできないですけど…。」

 知春に対して横を向く。そしてそのまま、知春の胸にストンと体重をかけた。

「…真正面から飛び込むのは無理ですけど…このくらいなら、…でき、ます。」

 俯いた名桜の身体がそっと、知春の長い腕に包まれる。

「耳、赤いね。」
「…さっき、知春さんも赤かったですからね。」
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