振り向いたらあなたが~マクレーン家の結婚~
ロンドンから遠く離れたパースは、温泉地として有名だ。
ローマに占領されていた時代からここは良質の温泉が出るので、病の治療や貴族の休憩地として利用されていた。パースにあるホテルの一室に長期間借りていた貴婦人がいた。
彼女は顔にいくつかある皺からして40歳は超えているだろうが、まだまだ在りし日の美しさを残していた。
その優雅で美しい姿から同じホテルの滞在客からうわさされる程だった。
身に付けているものは上等で高価なものばかりなので、きっと貴族の婦人なのだろうと思われた。実際は、一度も結婚したことがなく、ましてや貴族でもなかった。
しかし子供はいて、彼は既に大人になり、立派になっていた。
彼女がホテルの中庭で美しい花を鑑賞してから、借りている部屋に戻ると、既に先客がいた。彼女は自分を訪ねて来る者がいることに驚いていると、その客がこちらに顔を向けた。後ろ姿だけでは、長い間会っていなかったので、誰だか分からなかったが、顔を見るとすぐに息子だとわかった。
「まあ、ケヴィン。びっくりしたわ。驚ろかさないで。訪ねてくるのなら事前に手紙をよこしてからにしてよね。」そう言うと、我が息子を抱きしめた。
「長い間会っていなかったから、誰だか分からなったわ。変わったのね。」
「申し訳ありません、母上。急に思い立ったものですから。突然の来訪をお許しください。」
「まあ、いいのよ。」そう言うと、息子を椅子にいざなった。
「最後に会ったのは、3年前ね。仕事はうまくいっているの?」
「はい、何も問題ありません。」その女性は息子をよく見た。息子は30歳だから、そろそろ青年ではなく完全な大人だ。月日が彼を大人の男にしているようだった。
我が息子ながら、前にも増して美しくなっているのに加え、大人の男としての知性も感じるので、女性が放っておかないだろう。
しかし、なぜこんなところまで来ているのかしら?彼は普段私のところにわざわざ顔を出したりしないはず。手紙だってほとんどないし。何か大変なことがあったんだろうと母は直感した。
「ケヴィン。どうしたの?何かあったのかしら?」
ケヴィンは、こちらを見ると、「うん。まあ、色々あってね。」と言って顎を撫でて黙ってしまった。どうやら喋る気はなさそうだわ、と母は思った。
「ま、ゆっくりしていってね。ホテルの一室を借りるといいわよ。」そう言うと、ケヴィンは立ち上がり、扉を開けて行ってしまった。どうやら部屋を借りに行ったようだった。
ケヴィンは、ホテルの部屋を借りると、そこのベッドにゴロリと寝転がり考え込んだ。ここまで来たのは、マリアンヌとのいざこざから気持ちを切り替えたかったからだ。
マリアンヌは今頃スコットランドにいるだろう。
マリアンヌから別れの手紙が来ると思ったが、一通も来なかった。
ケヴィンは、マリアンヌの手紙を心のどこかで待ちながら過ごしているのが嫌で、出来るだけロンドンから遠く離れた地へ旅に出ようとした。今の時期に訪ねられるのは、母のいるパースだけだ。
それに久しく母にも会ってないから、少しぐらい顔をみせるべきだとして訪れた。
ケヴィンは、マリアンヌの事はすぐに忘れられると思った。しかし思った程簡単ではなかった。来る日も来る日も、ふとするとマリアンヌことが心に浮かんだ。時には、あんな喧嘩をするのではなかったと後悔した。
しかしまた、いやこれで良かったんだ、と納得する自分もいた。でも彼女を完全に忘れてしまうのは難しかった。マリアンヌを狂おしく求める自分がまだいた。
心のどこかでは、マリアンヌと別れたのは、最悪の出来事だと思っている自分がいた。ケヴィンは、マリアンヌと別れた事実を自分に納得させようと必死にもがいていた。

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