手に入れる女
「私、大学はこっちなんですけど、その後アメリカのロースクールを卒業して、そのままニューヨークで3年働いて、それから今のところに移ってきたんです」
「あー、それで」
佐藤が妙に納得したので、優香はカチンと来たのだろう、途端にまくしたてて来た。
「だから、理屈っぽくて可愛げがない。主張が強くて頑固、おまけにガサツって言いたいんでしょう」
「よく分かってるじゃない」
佐藤はニヤリとした。
飲んでもいないのに意地悪なことを言って優香をからかいたいという誘惑が止まらない。
ああ、どうして彼女といるとこんなにおかしな気分になってしまうんだろうか。
わずかに体が浮いたような、まるでスクリーンの中にいるような、現実味の全く感じられないめくるめくような気分に支配される。
そんな幻想的な世界では、いつもの穏やかで冷静な佐藤などはどこを探しても見当たらない。
愉快でドキドキとして自ら享楽に溺れようとする自分がいるだけだ。
そんなものに振り回されていること自体、佐藤にとっては晴天の霹靂であった。
享楽、快楽、欲望……
本能の赴くままに好き勝手なことをしたいという衝動がこみあげてくる。
ーーもし、そんなことができたら……世界が変わるのだろうか?
佐藤がこれまで必死に守って来た、美智子との、圭太や聡子との、愛情と信頼に満ちた平凡だが満たされた人生を捨ててなお後悔しないような何かがそこにあるのだろうか?
彼女はどうして、佐藤の作り上げてきた世界をこんなにも揺るがすのだろう。
当たり前のように無邪気に佐藤を誘惑してくる。
彼女は自分の感情に忠実だ。誰が何を言っても自分を曲げない。
彼女と突き進むその向こう側には……何があるのだろう。自分はどんな思いを抱くことになるのだろう。
「いつも言われてますから、生意気で可愛げがないって」
ふいに優香の声が耳に届いた。
「おまけに、大食いで早食いだし、デリカシーのかけらもありませんしね」
開き直って怒ったように付け足す。
いつも揶揄されているのだろう、優香がイライラしているのは明らかだった。
「小泉さんでもそんなこと気にするの?」
「……まさか」
わかってもらいたくて泣きそうな声に変わる。
優香のか細い声に佐藤は狼狽した。
ーー君でも泣きそうな顔をするんだね……
意外な優香の表情に虚をつかれる佐藤である。
「周りに媚びずに主張を曲げないところは、小泉さんの魅力なんだからしょげちゃダメじゃない」
それでも、優香は俯き加減で無言だった。きゅっと口を横に結んでいる、
ーーおやおや、本当に落ち込んでるの? フォローが全然慰めになってないみだいだ。
佐藤は、優香の意外な反応にちょっと戸惑って、すこし意地悪が過ぎたかな、と反省した―—その次の瞬間、優香はにっこり笑って佐藤に言った。
「困ってる佐藤さん、初めて見ました。そういう顔も素敵ですね。」
「……」
佐藤は自分の顔が赤くなるのがわかった。優香は佐藤の顔を覗き込むように近づけて来た。
「顔が赤くなった佐藤さんも初めて見ました。可愛いですね。私はいつもの冷静沈着な佐藤さんも大好きですけど」
「……してやられましたね」
佐藤は一瞬バツが悪そうな顔をしたあと、かろうじていつもの飄々とした顔を取り戻した。
酒も飲んでいないのに悪酔いしそうだ。
やっぱり今夜も、優香のペースで進んでいきそうだ。
酒を飲まなかったのは、賢明な判断だった。