手に入れる女

結局佐藤はそのままずるずると優香の家に泊まった。

朝早くに起き出した優香は柄にもなく朝ご飯の支度に奮闘している。
いつもなら、出勤時間ぎりぎりまで寝ているばかりで、いいとこトーストにコーヒー、ひどい時は何も食べずに出て来るのに、今日は、ゆで卵にハムを添えた。たまごのゆで時間なんて見当もつかないから、それだってうまく出来るか自信がなかった。

もちろん、世間一般の基準からすれば手抜きもいいとこの簡単この上ない朝食だろう。いかにも料理上手な感じのする、あのおっとりした佐藤の奥さんであれば、朝から温かいお味噌汁なぞ並べるのであろうと思うと、「幸せな家庭」というものを大事に築いている佐藤に対してやっぱりどこか引け目を感じた。

「ご、ごめん、こんなモノしか用意できなくて」

優香が謝ると、佐藤はけらけらと笑った。

「別に、小泉さんの手料理を期待してるわけじゃないから気にしないで。ぎこちない手つきでオタオタしてたところを見ると、料理なんてほとんどしないんでしょ」
「……おっしゃる通りです」

優香は情けない声になった。

「なのに、頑張って作ってくれて嬉しいよ。ありがとう」

鷹揚に笑った。
その笑顔に優香の心臓は跳ね上がる。

ーー今の、何!?
佐藤の笑顔にドキドキするなんて……これじゃ、女子高生並みだ。
ああ……でも、もの静かにコーヒーを手にしながら新聞を読む佐藤の姿は素敵すぎる。
とても初めての場所にいるとは思えないほど自然で、優香が二人でずっと暮していくのではないかと錯覚するほどだ。

優香はたまらずに佐藤をふわりと抱きしめた。

「どうしたの?」

慌てることもなく新聞から目を離さずに優香に聞く。

「わからない……なんだか大好きだなー……って思っちゃって」
「そう」

佐藤は静かに相づちをうって優香の手をぽんぽんと軽く叩いた。

「こんなに可愛げのある優香を知ってるのはきっとオレだけなんだろうなー。君は男のためにご飯なんて作るタイプじゃないでしょう。……っていうか、自分の為にでさえメシ作ったりしそうもない」

意識したのか無意識だったのか、佐藤がさらりと「優香」と自分の名前を呼んだので優香はドキッとした。
ついさっきは確かに「小泉さん」だったはず。急に二人の距離が縮んだような気がした。
ドキドキが止まらない。
それどころか、さっきよりも脈打つ速度が速くなっている。
胸が高まりっぱなしで、優香は佐藤をもっとぎゅっと抱きしめた。

「大好き……ずっとこうしてたい」
「可愛すぎる声出すなよー……仕事に行きたくなくなる」

まるで新婚の夫婦がじゃれあってるみたいな邪気のない振る舞いに、優香は佐藤に妻子があることを忘れそうになる。
それほど佐藤は自然でこなれた態度だった。

朝ご飯を食べる佐藤を見ながら、

「無断外泊しちゃったね……」

と呟いてみても、肝心の佐藤は全く気にする気配がない。

「無断外泊って高校生じゃあるまいし、何でそんなこと気にしてんの? 意外と気が小さいんだね」

佐藤は食べる手を止める事もない。
優香は訝しげに佐藤に聞いた。

「これから出勤?」
「当たり前だろ。君は休むの?」

「いや、出勤するけど、ってかやっぱり浮気慣れしてる? なんでそんなに落ち着いてるの?」
「何、朝からからんでんの? もしかしてそれ、コーヒーじゃなくてお酒?」

佐藤は全然優香を相手にせず、マイペースで朝食にぱくついているが、いろいろ気を揉んで落ち着かない優香は、なかなかご飯が進まなかった。
 
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