手に入れる女
本橋は、ドアの前でコホンと軽く咳払いをした。
ネクタイをきゅっと締め直して軽く深呼吸する。
今日はお得意の鼻歌が出て来ない。
オフィスに入る時も無視された。
……あまりいい一日になりそうもなかった。
それから息を詰めて、意を決してから、優香のオフィスのドアを軽くノックした。
「……どうぞ」
声がして中に入る。優香を盗み見すると、端で見ていてもそうと分かる程彼女はイライラしていた。
本橋が、書類を渡すと、優香はチラリと一瞥をして黙ったまま視線をそらす。
「……小泉センセ、何かあったんですか?」
「うっさい」
ぶっきらぼうな言葉に本橋は驚いた。
確かに、優香はキツくて容赦ないが、感情的に怒鳴り散らす事はない。
むしろ、冷淡に一分の隙もなく本橋の間違いを指摘するので、それが返って本橋の反発を買っていた。情に訴えるとか、甘える、とかそういうことが全然通じない、可愛げのない女だったからだ。
それが、今日は、いつもと様子が違う。明らかに感情的に怒鳴り散らしている。
昨日は、今まで見た事がない程機嫌がよかっただけに、本橋はこの落差に戸惑っていた。
何があったんだろう?
本橋は、好奇心にかられて思わず優香の顔をまじまじと見た。
今にも泣き出しそうな顔だった……最も、この「鉄の女」は本橋などの前で涙を見せる事など死んでもないだろうが。
「用があったら、また呼ぶから早く戻ったら?」
悲しみを隠すように優香は尖った声をだす。
本橋は小さなため息を一つついて口に出しかけた言葉を飲み込んだ。心配なんてするだけ無駄だ。
「……はい、わかりました。失礼します」
優香のオフィスを訪ねた時はいつでもついでに、一つ二つ仕事を落とされるのに、今日はそれもない。
黙って優香のオフィスを下がった。