手に入れる女
圭太と優香、そして美智子が三人できゃっきゃとはしゃぎながらDVDを見ているのを、佐藤遠くから眺めている。
……いや、美智子の隣りに座っていたのだが、まるで自分だけがどこか他のところから三人をみているような気がしていた。
優香はちらとも佐藤に顔を向けない。
圭太の腕に手を組んで、圭太は優香の腿に手をあてている。
食事会の時とは違って家にいるせいか、二人ともくつろいだ雰囲気で体を寄せ合っていた。
美智子がクッキーと一緒にお茶を淹れた。
紅茶の豊かな香りが漂う。
美智子が優香に勧めると、優香はにっこり笑ってクッキーを一つつまんだ。つまんだクッキーを口元に持っていく。
佐藤は優香の手もとからに目が釘付けになる。
ドクン
心臓が大きく波打った。
一瞬にして鮮明に蘇ってくる。
あの日、甘くて淫らな情事のことを。
一つ一つの動作が頭の中に鮮やかに再現される。
切なげな喘ぎ声とともに優香の演じる痴態を思い出す。
思わずぶるんと震える。
息が乱れて深呼吸した。
「なあに。そんなに食べたいなら遠慮しないで、のりさん」
美智子が不意に話しかけた。
「え?」
佐藤が当惑すると、クッキーを小皿の上に起きながらゆったり笑う。
「クッキーよ。さっきから小泉さんがたべてるところをじっと見ているじゃない。
このアーモンドココアクッキー、あなたの大好物ですもんね。たくさん焼いたから遠慮なく食べて下さいな、ジロジロ見てないで」
「あ、ああ……ありがとう、美智子」
佐藤は目の前に差し出されたクッキーを慌ててつまんだ。
ーーどうかしている……
こんな時にあの時のことしか考えられないなんて。
その後もDVD鑑賞会はしばらく続き、佐藤は悶々とした長い一日を過ごすこととなった。
***
それから、佐藤は優香のマンションを訪れるようになった。
まるで優香に吸い寄せられるようにちょくちょく足を運ぶ。
佐藤はいつも突然彼女を訪ねて、彼女も無言で佐藤を受け入れる。
二人は激しく抱き合った。
佐藤は、忘れられてしまうのではないかと、捨てられてしまうのではないかと駆り立てられるような恐怖に襲われ、そのたびに優香の元に駆けつけてしまう。
激しく抱き合うたびに少し安心し、離れるとまたどうしようもなく焦れてしまうのだった。
自分でも何が何だからわからなかった。
ただ、優香を離したくない、自分だけのものにしたい、ということしか考えられなかった。
その日もいつものように優香の元を訪れ、いつものように中に入った。
玄関には見知らぬ靴がある。
「圭太ー、お父さんが来たわよー」
優香が玄関で朗らかに奥の方に声をかけた。
「圭太?」
さすがにぎょっとして優香に小声で聞き返す。
優香はニコッと笑った。
「うん。一緒に食事をしていたの。あなたも食べるでしょ?」
優香は何でもないかのように佐藤を招き入れる。
リビングでは、圭太がカウチに座ってくつろいでいた。
ーー……まるで新婚夫婦の家庭のようだ。
自分はここにいてはいけない、来てはいけない……
足が竦んで中に入っていけない。
「どうしたんですか? 佐藤さん、シチューが冷めちゃいますから早くこっちに座って下さーい。ほら、圭太も早くテーブルに着いてー」
二人を促して食事をする。
優香のいそいそとした新妻ぶりや、圭太の「ほーい」というのんびりした返事も佐藤を苛立たせた。
ーーこれが続くのか、この先ずっと。優香が圭太と……
この時佐藤ははっきりと自覚した。
佐藤はぎりぎりとした嫉妬に翻弄されていた。
それからまたすぐに佐藤は優香のもとを訪れた。
圭太のいたあの日、佐藤は和やかに食事をした後圭太を残して家に帰った。
途中、何度引き返して圭太を引き離してしまおうと思ったことか。
圭太に抱かれて優香はどんな顔をするのか。
自分に見せたあの顔をアイツにも見せるのか。
考えるだけで手がワナワナと震え、頭の血管が切れそうになる。
自分がこんなに下劣で破廉恥な輩だったとは……佐藤は、沸き上がる醜い感情を持て余していた。
しかし、ドアが開いて優香の顔を見た途端に猛烈に彼女を欲しくなる。
彼女のマンションに一歩足を踏み入れた途端に、理性も抑制もどこかに吹っ飛ぶ。
頭の片隅に美智子や圭太の顔がちらつくが、狂おしいほどの衝動にかられて優香を貪った。
コトが終わって佐藤は呆然としている。
優香は嬉しそうに佐藤の体に絡み付いてきた。
指を佐藤の腹に這わせる。
ーー狂っている……
オレも、優香も…… どうしてそんなに無邪気で安らかな顔ができるんだ?
急に不安にかられて優香をぎゅっと抱きしめた。
優香の髪を搔き上げるとふわりと薔薇の香りが漂う。
その匂いにさえ酔ってしまいそうなほど彼女は佐藤を惑わす。
しかし、それも一瞬のことで、すぐに香りは飛んだ。
至福の恍惚感と奈落の底に突き落とされるような恐怖が交互に襲ってくる。
「優香……」
佐藤は彼女の名前を呟いて再び彼女をきつく抱きしめた。
まるでそうしていないと、彼女がいなくなってしまうと恐れているかのように。