手に入れる女

長い一夜が過ぎた。

明るい日差しがリビングに届き、新聞配達のバイクの音も佐藤の耳に入った。
もうすぐ朝が始まる。

リビングのカウチで寝た佐藤は、起きた時に体のあちこちがぎくしゃくしているのに気づいた。
いつもと同じように見える朝だったが、確実に昨日までとは違う朝だ。

あの時とは違った。
初めて優香と過ごしてから帰ってきた時ーーあの時は、何もかもが以前と変わりないように感じた。
まるで現実感のない夢のような一夜だった。

しかし、今は違う。
佐藤の心が以前とは同じではない。確実に違っている。
その感情が、今のこの状態を現実のものとして受け止めている。
目の前に広がる景色が違って見えた。

ーーやはり出て行かなくては……

ここに留まれない。
全てを捨てて、放り投げて出て行くのだ。

カウチから立ち上がって伸びをしていたら、美智子が入って来た。

「…おはよう、のりさん」

いつもよりぶっきらぼうだったが、それでも美智子が感じよく挨拶しようとしているのが佐藤にはよく分かった。

いつもと変わらぬ時間に起きて来て、いつものように朝食の支度を始める。
それでも習慣の力は偉大だな、などと割とどうでもいいことを思いながら佐藤も洗面所に向った。

身支度を整えてリビングに戻ってみれば、仏頂面をしている聡子と圭太がいた。

佐藤は早速切り出した。

「昨日、ママと話合った結果、パパは家を出て行くことにした」

「何、それ! パパ、あの女と一緒に暮らすの?」

聡子が大声で叫んだ。聡子が甲高い声で叫ぶのと対照的に、佐藤は静かな低い声でゆっくりと言った。

「まだ、何も決めていないけど、パパは小泉さんと一緒に暮らしたいと思っている」

「さいってー! パパ、最低!!」

聡子は、若い女性らしい潔癖さで父親の不倫に抗議している。

彼女もまた、何年かのちに不倫をしたりすることがあるのだろうか、あるいは結婚した後、夫に裏切られたりすることがあるのだろうか、などと、また、およそどうでもいいことをぼんやり考えながら、聡子の甲高い声を黙って聞いていた。



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