手に入れる女
簡単に身の回りの物を整理した後、佐藤は長年住んだ家を後にすることにした。
細かい事務作業が待っているだろうが、彼がもうこの家に戻って来る事は多分ないだろう。
「とうとう出ていっちゃうのね……」
いざとなるとやはり未練が残るのか、美智子は消え入りそうな声で呟いた。
「こんな結果になってしまってゴメン」
佐藤は謝ることしかできなかった。
「あなたはいつも冷静で穏やかだったし、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったけど、本当に人生ってどうなるか分からないものね。」
「それは僕も同感だ……」
佐藤の返答にに二人して小さく笑う。
「こんな時でも冷静で穏やかね」
「君もね、こんな時でも顔が明るいね。僕は君のその明るさに今までどれほど救われたことか……」
「それももうおしまい。あなたは行ってしまうんだもの」
これから先、美智子の明るい顔を見る事ができなくて心寂しく思う日が来るのだろうか。
そんなことを考えていたら、佐藤は何も言うことが出来なくなってしまった。
「君の、いつでも機嫌のいいところが何よりも好きだった。
君は何があっても朗らかだったから、僕もいつも明るい気分でいられたんだ」
美智子はちょっと呆れた。
これが、別れを切り出している女房に最後にかけることばだろうか。
「最後の最後まで優しい言葉をかけずにはいられないのねぇ、あなたは」
美智子は、ゆっくりと佐藤の首に手を回して彼にだきついた。
「幸せになってね」
佐藤は無言で美智子を抱きしめた。
その腕の温かさが美智子にもじんわり伝わって来るようで、悲しみが溶け出していくような感覚に襲われた。佐藤が家を出ていってしまうのに、そんな風に感じる自分が不思議であった。