その男、猛獣につき
「そんなつもりじゃありません。ただ…」

「昨日のことは、俺のただのきまぐれだ。忘れろ」

「そんなこと出来ません」

 

涙がこぼれそうになるのを、必死で堪える。

 

「それなら、実習時間だけは、余計なこと考えるな。俺も、これからは実習時間以外は有田と関わらないから」

 

そんなの、嫌。

絶対、嫌。

 


大事な物を取り上げられた子供のような気分になって、先生をすがるような目で見つめてしまう。

 

「余計なことを考えるな。実習時間は気持ちを切り替えろ。目の前の症例としっかり向き合え。」

 

先生の言葉が胸に刺さる。

目の前の症例にもしっかり向き合っていたつもりだった。

でも、それはあくまでも「つもり」であって、時間があると先生を目で追いかける時間が増えていた。

 

実習時間に先生に昨日のキスの真相を聞こうとした自分を悔いる。

 

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