その男、猛獣につき


休憩になり、選手たちがコートサイドに戻ってくる。

数人の選手が、興梠先生と私に気づいて近づいてくる。


「ちから‼遅いぞ。」

髭を蓄えた、一人の選手が先生に向かって声をかける。



「敦也お疲れ。遅くなってゴメン。」

その髭を蓄えたワイルド風の車イスの選手は敦也さんというらしい。

先生は敦也さん達に、反省してる風でもなく言う。


「ちからが女の子連れてくるなんて、珍しいな。その子彼女??」

「いや、うちの病院の実習生」

先生は興味津々で訊ねた敦也さんの質問を、サラリと受け流した。



「興梠先生に実習でお世話になってます、有田舞花です。」

ペコリと頭を下げる。

「舞花ちゃん、かわいいじゃん。ちからに手を出されてない?」

そう言って、ガハハと笑う敦也さん。



「そ、それは大丈夫なんですけど……。」
「なんですけど……?なんだよ。」

モゴモゴする私に、先生はその先の答えを促した。


「先生の名前、ちからって読むんですね。」



先生の名前、ずっと《主税》の読みが分からなくて、聞けなかったんだもん。



ちからって言うんだぁ。


思わず、口にした私の一言に一瞬、皆がポカンとしたけれど、一気に吹き出して、笑われた。

私と先生を除いて。



先生に蛇睨みで睨まれて、私は今日初めて固まってしまった。

< 55 / 328 >

この作品をシェア

pagetop