ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。

段ボールに肘をついて、手の中で麦茶の入ったグラスをくるくるまわして、じっと。

一体なんなんだ……と一人居心地悪くなっていると、春海さんが口を開く。



「ひなちゃん、人から〝不倫しそう〟って言われない?」

「は?」



驚いてばかりだった私も、これには冷えた声が出た。だけど春海さんは失言した! という様子もなく、けろりと続ける。



「〝大丈夫〟が口癖で、耐え忍びそうだなって」

「失礼すぎます!」

「ごめんごめん」



うはは、と愉快そうに笑う。



「怒った顔、好きかも。タイプだなぁひなちゃん」



「髪、口に含んでるよ」と言って、そっと頬を撫でるように髪を払う。

この男、かわいいって言えばなんでも許されると思ってるな…‥?

じろりと睨んで、〝タイプだ〟と言われて一瞬舞い上がりかけた心をどこかへ振り飛ばす。



「あの、管理人さん」

「春海」

「……春海さん。私、そろそろ家具を見に行こうかと思います」

「あぁ……そうだね。うん」



納得して、腰を上げてくれたのを見てほっと胸を撫でおろす。すっかり彼のペースだった。いけないいけない……。

油断していると、振り向いて彼は言った。



「車出そうか?」

「大丈夫です!」

「またまた~。頼れることは頼っておこう?」

「自分でできることは自分で!」

「うーん……意外とそこんとこしっかりしてるなぁ」



意外だなんて心外です。
私はむしろ、これこそが自分の美点だと思っているのに。

〝社長令嬢〟なんて勘弁してほしい肩書を持つ私が唯一誇れるのはこの自立心。

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