ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。



父親が大企業の社長だったから、肩書きこそ〝社長令嬢〟に当てはまってしまうけれど。私の生活は至って普通のものだったのだ。

御曹子だった父と恋愛結婚した母は一般人で、とてもしっかりした人だった。結婚当初、祖父の家で一緒に住むことになったときは「自分のことは自分でやります!」とお手伝いさんをみんな断ったという。
「いやそんなこと言わず……」と祖父が懐柔しようとしたので、埒が明かないと思った母は父の手を引いて祖父の屋敷を出た。



そして二人は、アパートを借りて普通の暮らしを始めた。「2人で暮らすのにそんなに広い部屋はいらない」「あと家賃が勿体ない」と言って母が譲らなかったらしい。そこでの暮らしは父が祖父の跡を継いで社長になってからも変わらず。私はその新しくもボロくもないアパートで幼少期を過ごした。

一般人の感覚を持つ母親に教育されて、小中高と共学の公立学校に通い人間関係に揉まれて。

私はそれでよかったと思う。



たまに会う純粋培養に育った親戚たちは、どうにも人の気持ちに疎い気がして。

人に頼るのを当たり前だと思っているように見えて、どうしても〝あぁなりたくない〟と思ってしまった。

私はたぶん、母みたいになりたいのだ。



ーーけれど、昨年母が心臓を患って他界した。

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