ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。
母が嫌気をさして出ていった祖父の家は、20年以上の時が経ってもやっぱり異様な存在感でそこに佇んでいた。
都内の一等地。他にも豪邸が建ち並んでいるとはいえ、自分に縁あるものだと思うとどうも素直に「素敵!」とは思えなかった。
白を貴重にした吹き抜けの空間。一階の中央から階上へと伸びる幅の広い階段。丹念に磨かれた大理石の床。……滑ってこけたら怪我をしそうだ。
ここで暮らすなんて冗談じゃない。
「帰る」
「帰る?」
「お父さんはここで暮らしたらいいよ。私は、一人でもいいからあのマンションで暮らします。大家さんの連絡先をーー」
「あの部屋はもう入居者が決まってるよ」
「……じゃあ、別のところを探」
「日奈子」
ぴりっ、とした空気が走る。
私の見てきた限りではいつもお母さんに怒られていたちょっと情けないお父さん。
でも本当は、数千人の従業員を束ねる社長だ。強制力のある言葉の発し方もお手の物。
「……日奈子。母さんには反対されていたから黙ってたけどな」
「……」
「お前には婚約者がいるんだ」