ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。


*



引っ越してきたのは築3年の3階建てマンション。最寄り駅まで徒歩5分。勤めている会社まで地下鉄一本、乗り換えなしで行ける好条件の立地。それからオートロック。夜間も管理人さんがいるとのことでセキュリティーは守られている。それだけで、ここにしてしまおうと決めた。私はあんまり深く悩まない即決タイプだ。

建材メーカーに事務職として勤めて4年。波風を立てない無難な人間関係。多少もてはやされるのは若さゆえだと気付いて焦る今日この頃。でもそれも、普通と言えば普通のことかと思って受け入れられる。

ごくごく平凡に会社員生活を送っている。――努めて。



「うちの父はここの社長なんです」なんて言おうものならきっと世界が変わってしまう。私はこの4年、それが周りにバレてしまうのをずっと恐れていた。

〝社長令嬢〟という言葉を自分に使われると、私は顔が死ぬ。








春海さんだと名乗った管理人さんから部屋の鍵を受け取り、早速、二階の角にある自分の部屋に行ってみた。
鍵を開けてドアを開くと、中にはネットで見た通りの25平方メートルの部屋が広がっている。ベッドと段ボールしかない部屋はうんと広く思えた。

初めての一人暮らし!

この部屋ぜんぶ私の空間! と思うと喜びがあふれて、一人でにやけだしそうになる。



ふと、後ろから声がした。



「ひなちゃん、荷物少なすぎじゃない?」

「! 管理人さん……」



びくっとして振り返ろうとするとすぐ真横に顔があった。私の肩にあごを載せんばかりの近さで部屋の中を覗き込んでいる。……距離感大事!

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