ベタベタに甘やかされるから何事かと思ったら、罠でした。

「段ボール2箱だけって……ほとんど身一つ手ぶらじゃん。これ、生活していける?」

「だっ……大丈夫です! これから揃えるので。どうぞ、お構いなく」

「ほんとに? ひなちゃん、一人暮らし初めてなんじゃないの?」

「それはそうですけど……」



管理人さんは疑わしげに顔を覗きこんでくる。私の左肩うしろから首を伸ばして。近すぎて私は、右側に俯く。……この人、誰にでもこうなんだろうか? 一体何人の女の子を勘違いさせてきたんだろう。

心なしか良い匂いがして、私は変態か! と胸の中で恥じ入る。体臭でも香水でもない首筋の香りに目眩がした。



「……大丈夫です!」

「その〝大丈夫〟っていうの、たぶん口癖なんだろうね」



そう言うと管理人さんは、伸ばしていた首を引っ込めた。……助かった!

と思ったのも束の間。

次の瞬間私の体は、宙に浮いた。



「ちょっ……⁉︎」

「わ、ちょっと! 暴れないでひなちゃん、危ないっ……」



暴れる! 暴れます普通! 急に抱き上げられたら……!

新しく住む部屋の前で、管理人さんはいとも簡単に私のことを抱き上げた。横抱きで。……言葉にするのも恥ずかしい、〝お姫様抱っこ〟で。



「なん……っ、なんなんですか!」

「こういうの何かで見たことない? 引っ越したら最初に部屋に入るときは抱っこでさ。あれって、女の人が蹴躓くと縁起悪いからだっけ?」

「それは夫婦がすることです!」


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