花盗人も罪になる
まだ付き合い始める前は、バイト先のコンビニに逸樹が買い物に来てその姿を一目見られるだけで嬉しかった。

何度か顔を合わせて初めて接客以外の会話をした時は、恥ずかしくて顔が真っ赤になった。

ようやく会話らしい会話ができるようになった頃に逸樹に告白されて、嬉しさのあまり夢じゃないかと思った。

付き合い始めた頃は、約束をして二人で会って名前を呼び合うだけでドキドキした。

それから時間をかけて二人の仲を深めて、いつの間にか当たり前のように手を繋いでキスをして、裸で抱き合うようになったけれど、初めての時は心臓が壊れそうなくらい緊張した。

結婚する前は別れ際がいつも寂しくて、お互いを引き留めてはおやすみのキスを何度も繰り返した。

紫恵は逸樹を好きになって間もない頃の気持ちを思い出し、毎日一緒にいられる今は幸せだと改めて思う。

毎日おはようとおやすみを言い合えること。

二人で同じ場所に帰れること。

逸樹が自分の元へ帰ってきてくれること。

毎日同じものを食べて、他愛ない会話で笑えること。

逸樹のそばで眠り、目覚められること。

紫恵にとって逸樹のいる毎日は間違いなく幸せだ。

逸樹の甘くて優しい声が、紫恵の耳の奥で響いた。


『しーちゃん、愛してる』


なんだか無性に逸樹に会いたい。

帰ったら素直に謝って、愛してると逸樹に伝えようと紫恵は思った。




< 112 / 181 >

この作品をシェア

pagetop