エリート上司と偽りの恋
桐原さんを怒る気にもなれない私は、すぐにトイレに向かった。というか逃げた。

個室に入った瞬間、大きなため息をつく。


嫌われたよね……。

私のこと見てなかったけど、あれは私に向けられた言葉だ。

近づきたくないって思ってたんだから、嫌われたなら都合がいい。むしろ桐原さんに感謝しなきゃいけないのに……。

どうしてこんなに胸が痛むんだろう。


『関係ないし』

そうだよ、関係ないんだよ……。
最初っからなにも関係ない。

もう悩まなくていいんだから、よかったんだ。


気持ちを落ち着かせた後、急いで戻ろうとトイレを出たとき……。


ーードンッ

私の目の前には真っ白なワイシャツ。

「す、すいません」

動揺しすぎだよ。歩くときは前を見るなんて子供の頃に教わるのに。

そう思いながら深く下げた頭を戻すと、そこには篠宮主任が立っていた。

さっきの鋭い目……ではなく、柔らかい目で私を見てる。


「あっ、あの主任、さっきのは……その」

言い訳したいのに、うまく言葉が出ない。


「本当に加藤さんが知りたいの?」

「え?」

お酒が入ってるからなのかは分からないけど、会社やみんなの前では決して見せないトロンとした瞳が私を捕らえる。


「加藤さんが知りたいなら、教えてあげるよ」

耳元で囁かれた声に、ドキッと心臓が跳ねる。


「あの、私……」

主任の大きな手が私の顔に近づく。

男の人なのに、綺麗な指先。
その指先で、私の左側の髪をそっと耳にかけた。

どうしよう……ドキドキしすぎて体がいうこと聞かない。

すると、主任の顔が無防備になった私の耳元に近づいた。


「彼女はいないよ……。気になる人なら、すぐ側にいるけど……」


篠宮主任が、チラッと私を見て微笑んだ。



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