常務の秘密が知りたくて…
 会社についてからも特に会話らしい会話はなく、部屋まであと少しのところで口火を切ったのは彼女の方だった。

「手、離してください」

 気付けばずっと手をとったままだったが、無視して部屋に足を進める。

「離してください!」

 無視したことに対してか、手を離さないことに対してか、声が怒りに震えている。それでも何も反応を示さないでいると部屋に入ったところで、力一杯手を振りほどかれて距離をとられた。

 ずっと先を歩いていたので改めて後ろを振り返り彼女の顔を見る。その表情は怒っているような、泣き出しそうなものだった。

「どうしてわざわざ来たんですか?」

「お前こそ、どうして取引の件を言わなかった?」

 そのことを指摘すると彼女の顔が歪んだ。罪悪感を抱きながらもこちらの言いたいことをまずは告げる。

「自己犠牲のつもりか? そういうのはやめろって言っただろ」

「常務がそう言うと思って言わなかったんです。別に会社のためとか、そんな高尚なこと考えてません。同じ待遇でお給料が倍ならそっちがいいに決まっているじゃないですか」

 目線を合わせずに捲し立てる彼女に俺は一歩近付いた。

「それで、お前は幸せなのか?」

 俺から視線を外した彼女はしばらく口を閉ざしていたが、ややあっておもむろに唇を動かした。

「幸せ、ですよ。常務こそ何をむきになっているんです? 私のことなんてほうっておいてください。好きにしろって言ったのは常務じゃないですか」

「……そうだな。だから俺も好きにしただけだ」

「そういうのやめてください!」

 叫び声が部屋に響く。きっぱりと拒否するような物言いに驚いたのは俺よりも声を発した本人だったようで、顔を見られたくないからか彼女は頭を垂れた。

「私、常務がわかりません。なんで私を秘書にしたんですか? なんで私に優しくするんですか? 私の……私の代わりだって、いくらでもいるのに」

 最後は消え入りそうな声で告げられ、この前の彼女の言葉が頭に響いた。

『私は代わりなんですか?』

 違う、俺は――
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