リーダー・ウォーク
ステップアップ!
大事な物をうしなった上に弱みを握られて恋人とその愛犬との旅行は幕を閉じる。
それでも普段なら体験できない贅沢な思いをしたのだから文句は言えない。
稟はひとり自分の部屋に戻るとちょっとだけ寂しくなった。
そのせいだろうか?やっぱり犬を飼うのも悪くないなぁなんて思い始める。



「吉野さん、ちょっといいかしら」
「はい」

翌日。仕事に出るなり店長に裏に呼ばれてちょっとドキっとする。
何も失敗はしてないはず、だけど。

「実は新店舗が出来るんだけど、中々トリマーが集まらなくて。誰かよこしてくれない
かって言うんだけど、貴方どう?給料も多少良くなるみたいだし。
他の子たちは指名客も居るから、中々移動させるわけにもいかないじゃない?」
「新店舗ですか。で、でも私一人じゃ」
「大丈夫。新規オープンイベント中は応援で来てくれるみたい。その間にトリマーさんが
来てくれたらそれでいいんだけど、もしかしたら貴方一人でしばらく頑張ってもらうかも」
「私はまだカットチェックしてもらってますし」
「でももう最後まで出来るみたいだし、他の子達も大丈夫だって言ってたから」
「えー」
「すぐにとは言わないけど、明日また話を聞かせて」

まさかの新店舗への移動。すぐに一人にされるわけじゃないにしろ、もしトリマーが
応募してこなければそこでずっと一人になるということは、チェックはしてもらえないし
犬種によって違うカット方法なんかも相談出来ないわけで。

だけど、その分技術はつくしこの店舗は既に先輩たちが固定客を掴んでいるから
新規開拓も出来るチャンス。先輩優先で下っ端は後回しにもされない。
その日は気もそぞろになって仕事の終了と共に急いで着替えて電話をかけた。


「なに?急に会いたいとか。寂しかったとか?」
「相談したいことがあって。わ、私、そんな話せる人この辺に居ないし」
「話が長くなるなら家でもいい?急いできたからチワ丸置いてきたんだ」
「はい」

こんな時女友達とか居れば飲みながら相談に乗ってもらう所だけど、
それも上京した先ではできない。結局松宮に連絡をして来てもらった。
仕事が忙しいようなら電話が通じないし、もしかかっても断られるだろうと覚悟した上で。
結果、思いの外すんなり電話に出てくれて会いたいの一言で即座に来てくれた。

目指すは松宮家。何度行ってもその規模に慣れないけれど、今はそれ以上に
考えていることがあるのですんなりと彼の部屋に入れた。
松宮がドアをあけると嬉しそうにキャンキャン吠えて彼の足元を走り回るチワ丸。

「飯部屋で食べるか。それとも酒にする?焼酎とかあったとおもうけど」
「お酒ください」
「チワ丸みてて」

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