リーダー・ウォーク
いったん松宮が部屋を出ていって五分ほどで戻ってきた。その手にはお酒とつまみ。
稟は味のあるカットグラスに焼酎のお湯割りに梅干しを浮かべたのを飲み一息つく。
隣に座っていた松宮はビールを飲もうとしてチワ丸が構えと足に絡みつくので抱っこして。

「あーわかったわかった。チワは甘えん坊ですねーほんと可愛いなあーお前は」

何時になくゴキゲンなのか唐突に赤ちゃん言葉を発しながら頬ずりをはじめた。

「崇央さん」
「あぁ?ああ。何か話しあるんだっけ。なんだ?」
「実は今日、店長に違う店舗への移動を頼まれしまって」
「移動。人事異動みたいなもん?」
「はい。新規店舗なんです」
「へえ。大抜擢ってやつか」
「違います。他の先輩たちは指名客が多いから動かせないだけで」

自分は指名客と言えば月一でシャンプーしにくるチワワちゃんだけだから。
売上的にも大差ないのだろうし。別に居なくても大丈夫だということで。

「あ。そうか。おい、待てよ。あんたがあの店居なくなったらチワ丸どうする?」
「あぁ。そうですね。どうしましょう。先輩にお願いを」
「そんなの嫌に決まってるだろ。チワ丸はあんたにしかトリミングさせない」
「でもこの前エステしたじゃないですか」
「それでビビリまくってたろ?チワ丸はあんたがいいんだって。
俺もあんたなら信頼して預けられるんだから」

信頼してくれるのは嬉しいけれど、でもあのまま店に強引に残る理由にはならない。
店長としては他のトリマーは残して稟を行かせたいのだろうし。
その間にトリマーが募集に集まってきてもう人員は要らないとなれば理想的だけど。

「私もチワ丸ちゃんのお世話はしたいです。けど、新しい店舗で力を付けたいのも
あるんですよね。先輩が居ない訳ですし、顧客もつかめるかもしれないし」
「開拓しがいはあるだろうけど。……なあ、その店やめて自立とか出来ないの?」
「無理ですよこんな都会で経験も浅いのに」
「マジかよ。まあ、でも、あんたがステップアップしたいなら。止める事も出来ないか」
「崇央さん」
「わかった。俺があんたの異動する先に行けば良いんだ。月一だし、
何時間かけたって必ず予約取って行くからさ。で、何処なんだ?
県外とかになると引っ越すだろ?そうなると俺達は遠距離恋愛になるのか?」
「あ」
「俺も昔は異動あったり海外に行ったりして忙しい頃とかあってさ。
その時付き合ってた子と離れたんだけどそうなるともう面倒になって。
そのまま自然消滅も結構あったけど。でも稟とは真面目に交際してるから。
週末はチワ丸連れて行くし、電話もしよう」
「あの」
「まさかあんたの店海外支部とかないよな?そうなるとチワ丸どう運ぼうかな」
「……隣の駅から徒歩で10分ほどです」
「ちかっ!」

素でびっくりしたらしく大きな声をだしたらチワ丸がびっくりして松宮の膝から飛び降りた。
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