リーダー・ウォーク
新店舗は隣街。車ならなんてことのない距離でも歩きの人間にはかなりの距離。
引っ越しはまだ考えなくてもいいと思うけれど、自転車くらいは買うべきだろう。
今度は稟の足元に擦り寄ってきたチワ丸を抱き上げて頭を撫でる。

「何だよ。そんな近いのか。心配して損した」
「それは車持ってるからそう思うんですよ」
「車乗れば?」
「お金持ちのいやみ……」
「良いよじゃあ全部俺が払ってやるよ。何なら新車も買ってやるよそれでいい?」
「何怒ってるんですか?そんなキツい言い方しなくたっていいのに」
「稟が俺を心配させるからだろ」
「心配させたら怒るんですか?」
「怒るだろ!何だよ隣の駅って!神妙な顔で相談とか言うから!かなり遠いと思うだろ!
俺はあんたと離れるくらいならもういっそ結婚しようかと思ったんだぞ!」
「け」
「……、……今のは勢いに任せたでまかせだ気にするな」

にしては顔が一気に赤くなっている気がするけれど、それは稟も同じなのでみないふり。
お互いにお酒を無言で飲んで。会話も無くなったしチワ丸もご飯を食べたそうにするので
ここでやっと彼の部屋で夕飯。松宮が配膳などするわけがないのでお手伝いさんが来て
綺麗に並べていってくれた。片付けも呼べばすぐにしてくれるそうだ。

「……心配かけてごめんなさい。私、一人で突っ走っちゃってました」
「いいよ。……俺も、理解してるつもりで本当はすごい拗ねてたし」

食事をしながら、稟はチラチラっと相手の様子を伺いつつ謝る。
ここで何も言えないまま帰ったら後悔しそうだと思ったから。
チワ丸は自分の専用フードを必死になって食べている。

「少し離れますけど、これからもチワ丸ちゃんをトリミングさせてくれますか?」
「あんたじゃないと嫌って言ったろ」
「はい」
「……新しい所でも頑張って」
「はい。じゃあ、明日店長に返事をして異動する日とか決まったらメールします」
「ああ」

松宮も素直に返事を返してくれて、食事は静かに終了する。
流石に食べるだけじゃ悪いと思って片付けをしようとしたけれど、お手伝いさんが
何もしないで大丈夫ですからと慣れた手つきであっという間に片付いてしまった。
そういえば、率先してお皿を持っていった所で何処に台所があるかも知らない。
稟にとってこの家は巨大な迷路。地図を書いてもらわないと下手をしたら迷子だ。

「崇央さんこそまた海外に行くってなったら遠距離になっちゃいますね」

食事を終えてすぐ帰るのも勿体なく感じて。
何となくソファに座っている松宮の隣に移動して座ったら肩を抱かれる。
彼の膝には満腹のチワ丸がごろんと腹を見せて寝ているけれど。

「海外にだってサロンはあるんだ」
「あ。そうですね。じゃあ、チワ丸ちゃんは安心だ」
「あんた英語とか、どう?」
「ジスイズアペンレベルです」
「教科書で習うより実際に触れたほうが習得も早いだろう」
「そう言いますよね。あ。ワンちゃんも英語って分かるのかな」
「……」
「な、なんですかそんな恨めしそうに私を睨んで」
「俺はあんたを恨んでない。愛してるだけ」
「……、そ、……そうなんですか。それは、どうも」

不意打ち真顔で言わないでください。何処を見ていいかわからなくなって
恥ずかしすぎて視線がチワ丸のお腹に向かう。

「そうだよな。俺が異動する可能性もあるし、あんたもずっとあの店にいる訳でもない。
今の環境が快適で楽しくても、それがずっと続くわけじゃないんだよな」
「どうしたんですか急に」
「前に話した企画の話しちゃんと考えようか」
「ああ、はい。そうですね」
「ペット関係に詳しいやつとかコネのあるやつをかき集めてくるから。会議もしないとな」
「すごい本格的」
「当たり前だろ。遊びじゃないんだ。ビジネスにするには相応の下調べとコネと根回しがいる」
「なるほど」
「……だから稟。頑張る俺のためにキスしながら服脱がせて」
「だからじゃないでしょ。全然つながってないじゃないですか。服脱がせてってチワ丸ちゃんの前で?」
「風呂行こうか。風呂。それか隣のベッド」
「部屋に帰らせて頂きます」
「その選択肢は無い」
「あ、ある!あるから!チワ丸ちゃん!噛み付いちゃえ!セクハラ反対!」

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