リーダー・ウォーク
異動の事を気軽に相談してしまったけれど彼は思いの外真面目に考えてくれた。
どれだけ遠くてもチワ丸を連れてシャンプーしに来てくれると言ったし、
遠距離になっても交際は続けるとも。前は離れたらぐ別れちゃったとかさらっと酷い
ことを言っていたけれど、その辺を隠さず言うのもあの男らしくて今ではすんなりと
受け入れられている自分が恐ろしい。
思うよりも松宮崇央という人は交際に真面目で、真剣に好きで居てくれる。



「……チワワの為の玩具。チワワの為のおやつ。いいな、どれも喜びそう」

何かお礼をしようと仕事終わりに店の商品を眺める。玩具は当たりハズレがある。
おやつもこの前一緒に観ていたテレビの影響でカロリーやら糖質を気にしだして
ダイエット系のものに変えている。もちろん日本産の品質最高のものばかり。
そこで勝手にビスケットなんて買っていったら文句言われそうなので、
ここはひとつ自分で手作りをする事に決めた。

小麦粉は出来るだけ使わない低アレルギーで野菜メインの実にヘルシーなクッキー。
途中のお店で材料を購入しついでに自分の夕飯の材料も買って帰宅。
勤務地の異動に伴い自転車も買わないといけないから今月は節約すると決めた
ばかりだけどこれは仕方ない。

『稟、お母さんだけど。今いい?』
「うん。いいよ、どうしたの?」

部屋に到着し荷物を置いて、まずは自分の夕飯と材料を切り始めたら携帯が鳴る。

『今度の休み教えてくれない?その日に合わせて一度上京しようと思って』
「本当に?お父さんも?」
『お父さんは都会に酔っちゃうから嫌だとかなんとかで、お母さんだけなんだけど』
「そっか。わかった。希望教えてくれたらいっぱい調べておくから!」
『そんな1日じゃまわれないわよ』

母が田舎から来てくれるなんて初めて。すぐにシフトを確認して報告。
その日で大丈夫だと言われてこれでほぼ確定。
そこから母と何処へ行こうかとか何を食べようかとかで盛り上がって30分。
やっと電話を切ってお腹が空いて、もう適当でいいやと手抜き料理になった。


「今月も宜しく」
「はい。お預かりしますね」

翌日は松宮チワ丸の月一グルーミングの日。予約した時間は夕方。
ということはもしかしたらその後夕食に誘われるかもしれない。
そんな期待のようなものをして時間の5分前から受け付けて待つ稟。

「でさ。終わったら外で待ってるから、そのまま飯に行かない?」

やっぱりお誘いが来た。もちろん返事は決まっている。

「はい」
「ん。……何か機嫌いい?良いことあった?」
「ちょっと」
「そうなんだ。ま、チワ丸よろしく。男前にしてやって」
「はい」

チワ丸の入っているキャリーを預かってそれから綺麗に念入りにグルーミング。
それでもスムースチワワなので1時間ほどで終了する。
稟の仕事が終わる残り30分ほどの時間を彼は大人しく尻尾を振りまくって待つ。

「じゃあ吉野さん。来月から宜しくおねがいします」
「はい」
「新しい場所で大変なこともあるだろうけど、困ったらすぐ連絡ください」
「はい」
「受けてくれて本当に良かったわ」

異動することを告げると店長は大喜び。
自分も新しい世界へ行くのは怖いよりもワクワクのほうが勝ってきたかも。
それはただたんに心強い人がそばにいるからかもしれない。


「それなに」
「チワ丸ちゃんにクッキー焼いたんです。野菜クッキー」
「へえ。で。俺には?もちろんあるよな」
「甘くはないけど人間が食べても大丈夫ですから!はい、どうぞ」
「ないの?俺にクッキー。いや、稟の手作りないの?」
「私のおにぎりを無碍にしておいてそのセリフ」
「なに?まだ言うの?根に持つなあんた」
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