リーダー・ウォーク

 父と娘と初顔合わせの彼氏という空間。
本来は彼氏が緊張したりする場面なんじゃないかと
思うのだけど。

「これ俺の名刺です。何か困った事とかあれば連絡ください。
事業内容は被ってなさそうですけど稟のお父さんの為なら」
「そ、それはどうもご親切に。これは私の名刺です」
「堅苦しい挨拶は止めましょう。義理の親子になる予定なんだし」
「え。も、もうそんな段階で?」
「気にしないでお父さん。今のは金持ち特有のウイットに富んだトークだから」
「なるほど。はは、…中々面白い人だな。はははは」

 父親の方が完全に気後れしている。この場合は松宮家どうこうじゃなくて
単純にこんな押しの強い男を知らないからだ。会社周りの人たちはよく言えば
 仲良しで穏やか。ちょっと悪く言えばナアナアな関係。

 田舎の会社なんて本音を言えばバッサリぶった切られるんだろうな。

「俺としては」
「崇央さん。今日はまずはご挨拶だけにしておきませんか。
父は会ったばかりの人に色々言われても困るだけです」
「確かに。ちょっと焦ったな。とにかく、お義父さんにはゆっくりしてもらおう」
「お、おとうさん呼びはまだ早くないかね?その、松宮さん」
「崇央って呼んでください。松宮はあと他に二人居るんです。彼らとは違う」
「そ、そうなんだね。崇央君」
「お父さん。お母さんが電話かけてくれってメール来てる」
「え?わ、わかった。すみませんが少し失礼します」

 汗だくの父に母親からの連絡を告げると携帯を持って一旦部屋を出る。
チワ丸はちょっと名残惜しそうにしていたが飼い主に抱っこされた。

「母親と一旦作戦会議をするように促したんです。あのままじゃ倒れちゃう」

 年下の上司を前に緊張する中途採用の面接みたい。

「そっくりだ」
「娘は父親に似るそうです」
「へえ。俺は父親に似てるって聞いたことあるけど。ま、どうでもいいか」
「緊張しているから話下手みたいになってますけど普段はお喋りなんです。
もし不快に思われたら」
「何も思ってないけど。稟に似てるって思っただけで。まだ何も会話してないし」
「それもそうですね」
「時間は無駄にしない。俺は自分のアピールをする。チワ丸だって一緒。
抱っこしてほしくてアピールしてた。なでて貰ったけどな」
「十分伝わったと思います。……ありがとう崇央さん。嬉しい」
「なにが嬉しいの?」
「だって私の親のためにお店予約して。ミスばっかりしても怒らないでくれる」

 きちんと話をしようとしてくれるなんて。
 出会った頃の御曹司様とは別人のよう。

「だってほら。正面突破は面倒そうだから。
外堀から埋めて行きたいと思って」
「へ?」
「一番効果的だろ。親を丸め込むのが」
「……」
「まさか中身もそっくりだとはな。中々手強そうだけど。面白い」
「崇央さんの目的はなに?私をどうしたいの?崇め讃えろと?」
「それも悪くないけど。ただ、単純に俺にぞっこんになればいい」
「……」
「俺に思いっきり甘えてしっぽを振る稟を見るのが俺の目標」
「……さ、さむっ」

 想像するだけで怖っ。

「口説いてるわけじゃない。あんたはもう俺のものなわけだから。
次の段階へ行ってる。ってことね」
「チワ丸ちゃんの飼い主さんは想像力が豊すぎるね」
「あんたは貧弱すぎ」
「とにかく。父が戻ってきたらもっとざっくばらんに明るく行きましょう。
わんこの話題なら父も乗れるはずなので」
「了解」
「お父さんが崇央さんを気に入ってくれたら私も嬉しい。素敵な…彼氏だから」
「うん。その自覚はある」
「……撤回します」

 素直になれないのはこの人の読めないにも程がある性格のせいだ。きっと。
< 162 / 164 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop