天に見えるは、月
モンドを見ないようにして、香凛はコーヒーサーバーの前へと進む。都合の悪いことに、モンドはちょうどコーヒーサーバーの近くにあるハイテーブルの前にいた。
「誰もそんなことは頼んでいないはずだが」
「……頼まれてはいません」
「じゃあなぜそんなことをしている?」
紙コップを取る手が震える。この冷たさを孕んだ声を聴くと、どうにも体が硬直してしまう。
「みなさんお忙しそうなので、コーヒーを飲んで一息ついてもらえればと……」
どんな理由だろうときっと怒られるに違いない。香凛は言ってから心底後悔した。「頼んでいないはずだ」と言われた時に「すみません」と言って素直に席に戻れば良かったのだ。
モンドの視線を背中に感じる。香凛は努めて気にしないようにしながら、サーバーにコーヒーをセットした。
「そういう橘は余裕があるということなんだな」
「そんな、余裕なんてまったく……」
皮肉を言われてカチンとくるが、言い返すことなど出来るはずがない。
香凛がモヤモヤを抱えながらスティックシュガーやミルクの準備をしていると、後ろでガサガサという音がした。気になって振り返ってみれば、モンドの前のテーブルにはコンビニの袋と、その横にサンドイッチが置かれていた。
「まあ、ちょうどいい。俺にもコーヒーをもらえるか」
「は……はい」
まさかモンドからコーヒーを所望されるとは思わなかった。意外な状況になおさら緊張が走る。
コーヒーが抽出される時間が焦れったい。コーヒーが落ちきる前に、無言の圧力に押しつぶされてしまいそうだ。
あまりの居心地の悪さにこの場を一時去ろうかとも思ったけれど、それも感じが悪いだろうと諦めた。
最後の一滴が抽出されるのを見届けて、香凛は用意していた紙コップにコーヒーを注ぐ。スティックシュガーとミルクを掴み、コーヒーと共にモンドの前に置いた。