天に見えるは、月
「随分早いな」
ふいに後ろから聞こえてきた声に、ドキリとする。
その声は、今まさに頭に再生されていたものと同じ……。
「あ、お、おはようございます……」
香凛はそちらに振り返って、挨拶をする。
この階は絨毯敷きでほとんど靴音がしないから、こちらに歩いてきていたことにまったく気がつかなかった。
靴音がすれば構えることもできたのに、と香凛は心の中で恨み言を呟く。
「……二日酔いか?」
モンドは香凛が手にしていた水に視線を向けた。
「……そう、みたいです」
「まあ、あれだけ飲まされればそうなるだろうな」
目が、見れない。これじゃ挙動不審になってしまうと頑張ってみるも、やはり視線が泳いでしまう。
「昨日はちゃんと家までたどり着けたのか?」
タクシーを降りたのは、アパートの近くにあるスーパーの駐車場だった。『家の前まで行かなくていいのか?』と聞かれたけれど、さすがに遠慮した。
「そのへんはまったく問題なく……あっ、昨日は送っていただいてありがとうございました。それと、水も……」
開口一番にお礼を言わなければいけなかったのに、と唇を噛む。もしかしたら失礼な奴だと思われているかもしれない。
香凛は決まりの悪さに深々と頭を下げた。ズキンと頭に痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「ああ」
モンドは素っ気なくそう言うと、自分の腕時計を確認している。今日のモンドのスケジュールは、リニューアルオープンする取引先店舗へ朝から開店準備の手伝いに行くのだと思い出した。