天に見えるは、月
「さっそく、こんなところでなんだが」
モンドは自分の鞄からなにかを取り出す。
手渡されたのは昨日の領収書。
「接待費の精算申請書を経理に出しておいてくれ」
“経理”と聞いて、心臓が嫌な音を立てた。
まるで、今までその言葉すら忘れていたみたいに。
「今日は多分、もう社には戻らない。急ぎのものは特にないと思うが、なにかあったら連絡をよこせ」
「……わかりました。いってらっしゃいませ」
香凛はモンドを見送った後、なんとも言えない気分に襲われていた。
あのことは思いもよらない事実で、確かにショックは受けたけれど、今の今まで頭に浮かんでこないということは、もう自分の中で消化できていることだったんだ、と思っていた。
……が、どうやら違ったらしい。
「経理……か」
ゆうべの光景が一気に脳裏に蘇る。
嬉しそうに微笑む勇作と、実夏。
繋がれた、手。
もう思い出したくなくて、考えたくなくて、もしかしたら単にそのことから目を背けていただけだったのかもしれない。
モンドのことがずっと頭にあったのも、多分“逃げ”だったのだろう。
香凛は憂鬱な気分を流してしまいたくて、水を喉に流し入れた。
朝から次々と急ぎの仕事が舞い込んで、モンドに頼まれた用事が済ませられないまま気がつけば午後になっていた。
もう書類の準備は出来ている。あとは経理課に提出しに行くだけだ。
わかっているのに、なかなか腰が重い。
「どうしたの?」
香凛が書類をじっと見つめていたからなのか、弓削から声を掛けられた。
「えっ……いや、別に」
「あ、経理に行くの? じゃあこれもお願いしようかなー」
弓削は香凛のデスクの上を覗き込んでから、自分のデスクの引き出しを探っている。
「え、弓削さんも経理に用事があるんですか?」
つい、縋るような視線を弓削に向けてしまう。