小悪魔な彼にこっそり狙われています
「井上さん」
その声に突然名前を呼ばれて、心臓がドキッと強くはねた。
驚き横を振り向くと、そこにあるのは声から想像した通りの顔……来栖くんだ。
ちょうど隣の秘書課のオフィスから出てきたところらしい彼は、私を真っ直ぐ見る。
「く、来栖くん……お、おはよう……」
「ちょっと来てください」
「え!?ちょっ、待っ……」
かと思えばスタスタと近づいてきて、私の腕を引っ張りその場を歩き出す。
戸惑うものの、その大きな手にしっかりと腕を掴まれては逃げられず、よろけながら必死に彼のあとに続いた。
そしてやって来たのは、フロア端にある小さな会議室。
今日は使われていないその部屋は薄暗く、来栖くんはしっかりとドアを閉めると電気をパチ、とつけた。
ま、まずい……わざわざふたりきりになるということは、昨日の話をするつもりだ。
どうしよう、どうしようどうしよう。
私の記憶がないだけで、手出ししたのが私の方だったらどうしよう。
『俺が襲われた』と逆セクハラで訴えられたらどうしよう。
そんなわけない、と言いたくても記憶がないものだから言い切れず、平静を装いながらも背中には嫌な汗がたらりと伝った。