女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~


「―――――小川さん、落としたわよ」

 私はハッと振り返った。

 階段の数段下に玉置その人がいて、私の落としたものを指差し、奇妙な笑顔を浮かべて立っていた。

 私はパッと屈んで、床に落としてしまった黄色い手帳を拾う。

 玉置はゆっくり階段を上がりながら、うつろな声色で囁くように言った。

「―――――・・・小川さん、そうだったのね。外見では全然判らなかったわ」

 その声に、ぞくりとして全身が粟立った。

 私は彼女から目を離さないようにしながら、今拾った黄色い手帳を握り締める。・・・何てこと。全く、何てタイミングで落とすのよ、私は!!自分に舌打ちしたい気分だった。

 私の横をゆっくりと通り過ぎて、少し上で、玉置は止まる。切れ長の瞳は見開かれ、半笑いのような表情のまま私を見下ろしていた。

 私の手の中には、さっき出勤前に保健所で発行して貰ったばかりの母子手帳。この女、確かに見たのだ。手帳の表面を。

「・・・玉置さん、教えて下さってありがとうございます」

 私の言葉にうつろな瞳のままニコリと微笑んだ。

 ・・・・やばい。この女、幽霊みたいになってる・・・。全身が緊張した。無意識に浅い呼吸になっているのに気付き、深呼吸する。

 早く逃げなければ。ここから出ないと。誰かがいるところへ。もう、こんなことばっか、北階段は私にとって鬼門だ――――――

 踊り場までもう少しの距離で、にらみ合う形になっていた。

「・・・私、失礼しますね」


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