イジワル同期とスイートライフ
「じゃ…言わないようにする」

『…そうして』

「ほんとに出ないんだよね?」

『出ないよ、このクソ忙しいのに』

「暇なら、出てた?」



一瞬の間。



『お前が嫌なら、出ない』

「駆け引きしはじめた自覚ある?」



久住くんが吹き出した。

こういうとき携帯って、向こうの口とこっちの耳が、近すぎてくすぐったい。



『六条こそ、本音が声にもれてる自覚ある?』

「すごく嫌。絶対出ないで。これでいい?」



楽しげな笑い声が聞こえる。



『悪くない』



なんだ、さっきまでへそ曲げてたくせに、偉そうに。

きっといつものあの自信に満ちた笑いを浮かべている。

ちょっと照れくさそうにしながら。

目に浮かぶ。



「…仕事、がんばってね」

『サンキュ、木曜の朝そっち着くから、そのまま定例会に出るよ』

「待ってる」

『ん』

「………」



お互い、最後の一言を見つけ損ねたような間があいた。

なにか言いかけては、向こうがしゃべるんじゃないかと思い、待ってしまう。

それをくり返した結果、ずいぶん長いこと会話が途切れた。

気配を嗅ぎ合うような沈黙に戸惑い、賢明に言葉を探す。



「えーと、それじゃあね」

『あ? おお、また連絡する』



じゃあ、とかなんとか言って、とにかくその場を終わらせた。

知らないうちに緊張していたらしく、手に冷たい汗をかいている。

引き出しに常備しているウェットティッシュで拭いて、息をついた。

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