イジワル同期とスイートライフ
「えっ、海外赴任ですか」

「そうなんです、なのでこの業務も、久住がメインで動くことになります」



木曜日、定例会の冒頭で向井さんが申し訳なさそうにそう言った。

三週間後にはシンガポールに引っ越すらしい。



「後任の方は?」

「まだ決まっていないんです。転出の一週間前には入るはずなんですが」



じゃあそれまで、海外営業部でWDMの仕事をするのは、久住くんひとりになってしまうということか。

営業部の仕事だけでも忙しいだろうに、大丈夫なんだろうか。

そしてその久住くんは、まだ現れない。

昨日から続く強風の影響で飛行機が遅れて到着し、さらに空港から都内に戻る足も運休やら遅延やらが多発しているらしい。

と、朝のうちに連絡が来た。

いきなりの人員減の知らせに、場のテンションは下がりかけたものの、幸枝さんの「とにかく始めましょうか」の言葉によって、会議が始まった。



「あ、先週の修正資料が準備できたみたいです」

「例の、話のレイヤーの件ですか?」



そうです、とメールをチェックしながら向井さんがうなずく。



「特約店が頑張ってくれて、今朝がた送ってくれました。サイズが大きいので、フロアの人間にダウンロードを頼んでたんです。ちょっと取ってきます」

「私、行ってきますよ」



唯一の海外営業側である向井さんがいなくなってしまったら、会議が進まない。

私が名乗りをあげると、彼は一瞬遠慮しかけたものの、すぐに「お願いします」と任せてくれた。


海外営業部のフロアは、定例会を行っている会議室のある国内営業部のフロアの2階上、7階にある。

行き来する用事もなければ、異動による人の交流もほぼないので、私に限らず、ここに足を踏み入れたことのある国内営業部員は少ないだろう。



「すみません、企画課ってどちらですか」



フロアに入ってすぐのあたりに座っていた男性に尋ねると、見慣れない私にびっくりした顔をしてから、親切に奥のほうを指して教えてくれた。

なんだか、フロアまで整然として見える。

書類が少ないからだろうか。

ここに比べると国内のオフィスは、前時代的だ。

構造も什器も同じはずなのに、差が出るものだなあと観察しながら、教えられた一角に行き、向井さんの席を目指す。

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