明日へ馳せる思い出のカケラ
 しかし俺はそんなテレビの中に映る一人の選手を見て声を失った。

 いや、なんて言えばいいんだろうか。それは決して悪い意味なんかじゃない。むしろ嬉しい意味合いのはずなんだよね。
 でも一驚した俺は息する事を忘れるほどに、意識をテレビに奪われてしまったんだ。

 俺が目にしたテレビの中で激走する一人の選手。そうだ、彼はあの時の――。

 フラッシュバックする秋の陸上大会。
 あの時、俺と共にやる気なく最後尾からスタートした有力校の選手。その彼の巧みな走行法にあやかって俺はあの大会で好成績を勝ち取ったはず。

 そんな俺の見本と成り得たあの彼が今、テレビの中で激走しているんだ。

 驚くなって言う方に無理があるだろ。そして今まさに彼は区間賞を取る勢いでスパートを仕掛けている。
 またそんな彼に追い抜かれながらも、最後の力を振り絞って猛然とその後ろを追い駆ける選手の姿にも俺は目を見張った。

 まるで短距離レースでもしているかのような走りっぷり。
 そう、目覚めた猛獣さながらに、先を行く彼を猛然と追走する漆黒の選手もまた、あの時俺と共にレースに挑んでいた留学生の彼の姿だったんだ。

 俺は身を乗り出してテレビに釘付けになる。
 力一杯に拳を握りしめて。頑張っている二人の姿に居ても立ってもいられないんだ。

 区間賞目前だった彼は、最終的にそれを僅かなところで逃してしまった。
 それでも見事な走りでタスキを繋いだ事に変わりはなく、誇らしい姿だったのは言うまでもない。
 そしてそんな彼から少し遅れて漆黒の彼もタスキを繋いだ。もちろん漆黒の彼の走る姿勢も輝かしものだった。

 俺の心はそんな二人の熱い走りに意味も無く湧き上がる。
 興奮が留まる事を知らない。そんな感じにね。

 彼らはあの時から変わらずに走り続けている。それも日本のトップランナーが集う大会で目を見張る活躍しているんだ。
 そんな彼らに心が何も感じないはずはない。いや、むしろやる気に満ち溢れる。やらなければいけない気持ちになる。俺はそんな熱狂した高ぶりを素直に感じたんだ。
 またそう思う事で、俺は今の自分に【足りないもの】を明確に知り得る事が出来たんだよ。

 そう、今の自分に足りないもの。それは間違いなく【生きるための目的】だったんだよね――。
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