ばくだん凛ちゃん
産婦人科の診察室を出て、次は小児科。

産婦人科から見ると裏側に小児科があるので異動は楽だ。

待合室には色々な子供達が待っていた。
皆、専門外来に来ている。



「高石さん、高石 凛ちゃん、5診へお入り下さい」

しばらくして透の声が聞こえた。
…変な感じ。
普段聞き慣れている声が、この大きな病院の待合室で響く。

その甘い声に騙されてはいけない。
江坂先生に何か言ったに違いない。
問い詰めないと気がすまない。



「こんにちは」

透は白衣を着ていてどことなくいつもと違った。

この挨拶は患者さんに会うたびにしているんだろうな。

「…こんにちは、お疲れ様です」

目で怒りを表現したつもり。
透はニコニコしていたが、目は笑っていない。
泳いでいるわよ、透!

「じゃあ、先に身長体重計ろうね」

透は凛の頬を触って優しく言った。

私に荷物を置くように指示し、ベビーベッドの上で凛の服を脱がせ、オムツも替えるように言う。

横にいた看護師さんが手際よく計ってくれた。

次に透は凛を抱き上げて、本当に一瞬だけ手を放した。

凛が物を掴むような仕草を見せると

「これはモロー反射と言います。
一般的に4ヶ月くらいまでこういう反応をしますけれど、そのうち消失します。
もし5ヶ月を過ぎても起こるようなら再度受診してください」

先生らしい発言。
初めて小児科医としての姿をきちんと見たかも。

「逆を言えば今しか見られない反応です。
しっかりと楽しんで見ておいてくださいね」

…本当に先生をしているわ、透。

透はというと私が目を丸くしているのが不快みたい。

じっと私の目を見ている。

「ではこちらへどうぞ」」

椅子に座るように手振りをされた。
その指示通り私は座る。
凛は看護師さんに抱っこして貰った。

「何か、育児に対して不安なことはありますか?」

淡々と話を進める透に違和感を覚える。
この人に恥ずかしいとかそんな感情はないのかな?
私は恥ずかしい。
透に凛の健診をしてもらえたのは嬉しいけれど。

「色々と不安で混乱しています」

それしか言えない…って透が一番知っていると思うけれど。

「具体的には?
些細なことでも構いません、どうぞ思いつくまま言ってみてください」

問診票に書いたけど。
敢えて聞いているのかな。
じゃあ…ちょっと違う事を言っちゃおう。

「さっき、江坂先生に母乳だけで十分ですよって言われました。
透先生はどう言うかわからないけれど、小児科医はどこか洗脳されている人もいてミルクも缶に書いてある通りの量を常に飲ませろ、みたいに言う人がいますが、母乳で体重が順調に増えているなら必要ありませんって。
でも、その順調がどれくらいか、わかりません」

透は私の目をじっと見つめる。
…何で無言でそう見るのよ。
もし他のお母さんにもそうやって見つめながら次に言う事を考えてたら変な先生と思われるわよ。

透はメモを1枚、机の端から取り、凛の電子カルテを見ながら数字を書き出した。

「見てください。
凛ちゃんは生まれてから1530グラム増えています。
今日で生まれて37日目。
日割りすると約41グラム。
新生児に必要な体重増加は30グラムと言われています。
だからこの子は十分、哺乳力もあるし、ミルクを足さないでもいけると思います。
今日からは飲ませないでも大丈夫だと思います。
ただ、お母さんが疲れている時は無理をしないのも大事ですよ」

だからどっちなの。
ミルク、どうしたら良いのよ。
疲れてる、疲れてないは関係ないのよ。
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