スノー アンド アプリコット
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杏奈はいつも俺の予定を確かめようともせず、勝手に命令する。医大生という多忙な身分に関わらず、こうして呼ばれれば何とかして駆けつけてしまう俺も悪い。杏奈はますますつけ上がるし、俺はどんどん優秀な下僕になり下がる。
朝、課題を済ませていて良かった。成績はトップを維持し続けながら、よくこんな生活を送れるものだと、我ながら感心する。
「杏奈――…」
渋谷で電車を降り、宇田川近くまで一気に坂を越えたものだから、汗をかいた。俺は息を整えてからレストランに入った。余裕が大事だ。
ガラス張りのレストランだったから、外から杏奈と、向き合って座っている男を見つけていた。
「あ、ユキ!」
向かいの男は真っすぐ向かってくる俺を苦々しそうに睨んだ。
俺が後ろから呼ぶと、杏奈はありえないほど輝かしい笑顔で振り返った。
「座って座って!」
「遅くなってごめんな。」
俺も合わせて優しい笑顔を作って言い、杏奈の隣の席に座った。
「いいの! 忙しいのにごめんね、来てくれてありがとう。」
杏奈が身体を俺に摺り寄せるようにして可愛らしいことを言うので、演技だとわかっていても、俺は歓びにクラクラした。思わずその肩を引き寄せて、こめかみに軽く唇を押し当てた。この場合は杏奈も黙認する。
ガタッ、と男が身じろぎした。
「…こちらは?」
俺はにこやかに杏奈に尋ねた。
「白鷺さん。あたしがお店に居た頃からお世話になってる人なの。白鷲さん、これがさっき話したあたしの彼氏、東条雪臣。」
「どうも、東条です。」
「これでわかってくれた?」
歯ぎしりでもしそうなその男は、30代半ばくらいだろうか。特別不細工というわけでもなく、一応身なりを整え見苦しくはなかったが、つけている腕時計はそう高いものではなかった。このレストランも落ち着いた雰囲気で洒落てはいるが、値段がそこまで張るところではない。何より顔つきがくたびれていた。
ざっと見ただけで、大体ランクが知れた。
杏奈に入れあげているものの、今まさに切られようとしている、数多いうちの一人だ。