スノー アンド アプリコット

「ここからだと30分近くかかるぞ、大丈夫なのか。」
「じゃあ、そういうことだから、待ってるね!」
「何がそういうことだ、おま――」

切れた。
俺は舌打ちする。
鞄を取り、部屋を出ようとしたところで、ここが誰の部屋か思い出した。

「悪い…」

真由子はシーツをかき集めるようにして、胸元を押さえ、呆然としていた。
俺が当然のように行為を止めて電話に出て、当然のように去ろうとしていることが、信じられない様子だった。

「俺、ちょっと行かないと。」

みるみるうちに真由子は両目に涙を溜めた。
俺はため息をついた。だから嫌だったんだ。だけど手を出そうとしたんだから、俺も自業自得だ。

「…ごめんな。」
「…彼女、いないって、聞いてたんだけど…」

彼女じゃないけどな。
説明する気もないのにわざわざ否定するのも面倒で、俺は黙ってベッドに浅く腰かけ、真由子の乱れた髪を整えてやった。
真由子は耐えかねたように涙をぽたぽたと溢した。

「東条くんって、ほんとはあんな喋り方するんだ…」

俺はもう一度、ごめんな、と謝った。
俺の方は、何一つとして服を脱いでいなかった。

女と後腐れなく別れるには、最後まで優しくして、去る時に一片も未練を見せないことだ。
立ち上がり背を向けると、嗚咽が聞こえてきたが、振り返らずに部屋を出た。

可哀想なことをした。でも抱く前で良かったのかもしれない。俺はずっとこうだ。俺の時間は杏奈に侵食され尽くしている。

来る日も来る日も、たった一人のあんな女に振り回されている。



< 9 / 98 >

この作品をシェア

pagetop