スノー アンド アプリコット
「ひどいよ、杏奈ちゃん。こんな仕打ち…」
一見きちんとしている外見に比べ、声は情けなく細かった。
「白鷺さん、あたし、あなたとは付き合えないって何度も言ってるよね?」
「だけど…」
「今まではね、それでもこうして会ったりしてたけど、こんな大好きな彼ができちゃったし、それももうできないの。」
ごめんね、と杏奈が小首をかしげて言ったところで、食後のコーヒーが運ばれてきた。
「ああ、すみません、僕もコーヒーだけ頂いていいですか。」
「かしこまりました。」
すぐに俺の分が運ばれてくるまで、沈黙が続いた。杏奈は涼しい顔でコーヒーを口にし、白鷺何某が持ったカップは震え、ソーサーに当たり、かすかにカチャカチャ音がしていた。
「…こうして彼も来てくれたし、もう疑うことなんかないでしょ? もういい?」
「僕が…僕がプレゼントしたものは…」
杏奈が軽くため息をついてカップをソーサーに置いた。小さい男、という声が聞こえてくるようだった。
テーブルの脇の荷物入れに手を突っ込んで、杏奈はブランドものの小箱を次々と取り出した。
「一回も使ってないから、売れると思うわ。どうもありがとう。」
目の前に並べられたアクセサリーの箱をじっと見つめて、白鷺は微動だにしなかった。よく見ると、目だけが忙しく左右に揺れていた。追い詰められた奴の目だ。と思った瞬間、突然動いた。
「ウワアアアアアアア!!!!」
「うわっ、ちょ…」
叫んだかと思うと、両腕をテーブルの上に乗せて勢いをつけ左から右へ、テーブルクロスごと滑らせ、小箱からカップからグラスから、全部をなぎ倒していった。
「あっつ…!!」
「大丈夫ですか、お客様?!」
けたたましい音をたててグラスが割れて飛び散り、小箱が床に放り出されてコーヒーで汚れた。
とっさに身を引いた杏奈を庇った俺の脇腹に、熱々のコーヒーが直撃した。
とんだ騒ぎだ。ウェイターもウェイトレスも飛んでくるし、数少ないとはいえ他の客も驚いてこちらを見ている。