スノー アンド アプリコット

俺の腕の中で、杏奈が怯えるでも震えるでもなく、静かにキレていた。

「…辛抱強く優しくしてやりゃ、調子乗りやがって…」

その声は俺にしか聞こえないくらい小さかった。それから俺を押しのけて立ち上がり、肩で息をしている白鷺の目の前で、何もなくなったテーブルの上をバン、と叩いた。

「何ぼーっとしてんのよ、さっさと片付けなさいよ!」

白鷺がビクッと震えて、豹変した杏奈を見た。

「あんたが散らかしたのよ! 店員さんにやらせてんじゃないわよ!! ほんっと、人に迷惑かけることしかできないの?! いい加減にしてよね、うんざりよ!!」
「………」

あまりの剣幕に、箒と塵取りでガラスの破片を集めている若いウェイトレスがビビッて、小さな声で、こちらは大丈夫ですから…などと呟いている。ウワアアアア、ともう一度叫んで、白鷺はその場から走って逃げ出した。が、

「ちょっと、会計が済んでないわよ!」

ダッシュで戻ってきて、財布から札を数枚取り出してテーブルに置いた。払うのかよ、と俺は一人でツッコミを入れた。
それから白鷺は浅ましく床から汚れた小箱だけ拾い上げて胸に抱え(拾うのかよ、と俺はまたツッコんだ)、杏奈を見て、

「…この、アバズレっ!!」

と吐き捨て、今度こそ全速力で出て行った。

「アバズレってなんなのよ! 一体いつあんなみみっちい男にこのあたしが抱かれたっていうのよ!」

白鷺が出て行っても杏奈がブチギレて喚いているので、静寂が戻ってこない。

「自分が撒いた種だろ! 何回目だよ! 俺を巻き込むな!」

彼氏のはずの俺まで猛然と立ち上がって怒鳴りだしたので、騒音に慣れかけたレストラン中の人々に驚愕が走り、改めて視線を集め直してしまった。

「何なんだ、あのいかにもザコキャラな男は! お前男見る目やべえぞ!」
「あっちが! 勝手に! 付き纏ってくんのよ!」
「なんでそうやっていっつもいっつも変な奴ばっかりに絡まれんだよ!」 
「失礼ね、中にはいい男もいんのよ、あんたが会う時は変な奴を切る時だからこうなるだけよ!!」
「こうなるだけじゃねーよ、俺はいい迷惑だ!」
「だったら来なきゃいいでしょー!!」
「てめえが来いっつったんだろーがーーーー!!!」
「あの、お客様、他のお客様のご迷惑になりますので…」
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