スノー アンド アプリコット
ウェイトレスのうちの一人がおずおずと遮ってきて、俺に何か差し出した。
「あの、火傷されていませんか?」
はっとした。脇腹を見ると、白いシャツがコーヒーで見事に茶色くなっていた。
受け取ると、それは氷を入れたビニール袋をタオルで包んだものだった。
「どうもありがとう。お騒がせしてすみません。」
会釈して微笑みかけるとウェイトレスは頬をぱっと染めて首を振り、逃げるように床を拭き始めた。
服に染みてくれていたから肌はそこまでダメージを受けていなかったが、少しヒリヒリとした。氷は有り難かった。
「ったく、大袈裟ね。」
笑顔一つで女をトリコにする俺を見ようともせず、杏奈はちゃっかり座り直している。白鷺には手伝えとか言っていたくせに、自分が手伝う気はさらさらないらしい。
「お前、それが自分を庇った者に言う言葉か? ありがとうとかごめんとか痛くないかとか言うことあんだろ? つーか、服弁償しろよ。」
「お坊ちゃまが何ケチくさいこと言ってんのよ。あたしが火傷しなくて良かったと思いなさい。」
…それは、良かったけど。
こいつのこんなドタバタ劇に巻き込まれていなきゃ、今頃、真由子を抱いてスッキリしていたというのに。
性格がいくら悪くても、杏奈の周りには昔から男が絶えない。純情者からストーカー、彼氏気取りまで、色んな男につきまとわれる。
その度、俺が用心棒になったり、即席の彼氏のになったりして、追い払ってやるわけだ。怪我をするのが初めてだったのは、本当はむしろラッキーなことだ。
「アン、まじで気をつけろよ。いつも俺が居られるとは限らないんだから。相手が刃物とか持ってたらシャレになんねえぞ。」
椅子に腰を落として真剣に言うと、杏奈もいつもみたいに言い返してはこなかった。
ただ薄く笑った。
自分がもし刺されたからって、何も深刻なことはないとでも言うように。