スノー アンド アプリコット

「やあ、今日も暑いね。杏奈ちゃん、いる?」

クソババアをあしらったと思ったら、また別の面倒くさい奴の声がした。あたしは舌打ちだけして無視を決め込む。

無駄だけど。わかってるけど。

「里中さーん、ご指名です!」

こんなセリフをキャバクラでなくここで聞くことになろうとは。しかも日常的に。

「…………」
「里中さーん!」

窓口のパートの女はみんな、もうあの男に懐柔されているから、いとも簡単にあたしを呼ぶ。

最初はブーブー言ってたくせに。
窓口は私たちですとか里中さんばっかりズルイとか。

「姫はご機嫌ナナメだ。」

善良な区民なのにひどいよね、なんて軽口を叩きながら談笑している。帰る気がない。

あたしは仏頂面を隠さずに立ち上がった。

「他の方がお待ちなので用がないならお帰り下さい。」
「やっと来てくれた。」

にこやかに優男が顔を上げた。

「住民票も戸籍も印鑑登録も何もかも手続きは終わったと思いますけどまだ何か?」
「だって、杏奈ちゃん、連絡先教えてくれないからさ。ここに来るしかないじゃん?」

緩やかにパーマをかけた茶髪に、柔らかい目元、穏やかな物腰。
いわゆるイケメンだ。背は高くないけど、体つきはバランスがいい。

「しつっこいんですよ! ここまで通って相手にされてないんだから、お察し下さい。」
「冷たいなあ。」

かろうじて敬語を保っている私に、奴は涼しい顔で笑う。

「杏奈ちゃんさ」
「勝手に下の名前で呼ぶのやめてくれます?!」

一井秀俊(いちい ひでとし)。

職業、シェフ…らしい。
麻布だか六本木だかでレストランを開いて成功している。
そのルックスが話題になり、テレビに出るようになり…今やお茶の間の癒やし、芸能人みたいになっている時の人…らしい。

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