スノー アンド アプリコット
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「でもさー、僕は全然いいけどさ。」
一井は緊張した様子も見せず、相変わらず笑顔を浮かべながら言った。
優雅に脚を組み、ポットで出された紅茶の味が出るのを待っている。余裕なのか、腐ってもシェフなのか。
「こんなこと、本物の婚約者に頼めないの?」
まあ、これだけの顔を持っていて、華やかな業界にいるなら、修羅場にも慣れているのかもしれない。
「ああ、ダメ、無理無理。アレはこーいうのに使えない。」
「うわぁ…」
ドン引き、と口では言いながらも笑っている。
「そんな可愛い顔して、鬼だねー。ま、僕がお眼鏡にかなったってことは、光栄だけどね。」
白いTシャツに、白に近いほど薄いグレーのジーンズ。シンプルだけどセンスはいいし、よく似合っている。何より気合いが入っていなくていい。
ユキと渡り合うには適役だ。
「終わったら、アパートまで来て荷物運び出してよね。」
「えーっ? そろそろご褒美がいる頃じゃないの?」
表面上ブツクサ言っているけれど、彼はやるだろう。
せっかく男を全部切ったばかりのはずなのに、手近な所に転がってきた男を引っ張り出してみたけれど、案外使える。
人選は正しかった。
あたしたちは今、ユキを待っている。
あたしが昨日、ランチを食べながら一井に出した条件は、数日家に泊めること(もちろんセックスはなし)と、今日一緒にユキに会って、一芝居打つこと。
一井は面白がって、一も二もなく快諾した。
「芝居もいいけどさ。本当に僕の婚約者になればいいのに。」
「嫌よ。」
「だってその感じだと、婚約者のことだって別に好きじゃないんだろ?」
「好きか好きじゃないかはあたしにとってはどうでもいいの。」